「梅宮アンナはがんで商売している」と言いたくなる人に、闘病に伴走した医療エディターがそっとお伝えしたい2つの「反省」

ピンクリボン月間に、梅宮アンナの闘病連載を担当したエディターがこの2年を振り返ります。

前編記事『梅宮アンナという女性ががん治療「標準医療」にかけた思い。治療連載を担当した編集者が振り返る「人生でいちばん長かった気がする1年」』に続く後編です。

がんは100人100通りのがんが存在する。伝えきれなかったと後悔している2つのこと

がんは人の数だけ違う表情を持っています。ステージいくつだから大丈夫、私の友人は大丈夫だったから大丈夫ということは、やっぱり、ないんだよね。人それぞれなんです。

がんって、肉体的にも精神的にもすごくキツいのですが、とにかく闘病が長いんですね。この治療をしたらハイ消えますよという病気ではなく、次の日がどうなるかが誰にも見えないんです。ひとりずつ細胞も血液も違うので、同じ治療をしても先がどうなるのか、誰も答えを知らない。

【独占告白】梅宮アンナからメッセージ「私、7月31日に乳がん治療を始めました」

 

梅宮は治療開始から約10か月後の25年5月、夫である世継氏と突如知り合い、わずか10日で入籍した。前後してスタートした分子標的薬と抗ホルモン剤での治療は現在も続いている。不幸中の幸いで分子標的薬にはあまり副作用を感じないそうだが、それにしても「家から出られないくらいに下痢をするけれど、悪いものが出てると思うようにしている」。副作用がないのではなく「これまでよりはるかにマシ」と捉えているのが正解だと思う。

 

治療に伴走したメディアとして、2026年秋現在、ああ配慮が足りなかった、伝えきれなかったと後悔があるのは以下の2点だ。

 

まず、梅宮の治療は一例ではあれど「がんの代表者」ではないという点は、より明示されるべきであった。「がんは100人が100通りの経過を経る」という、それこそ本人は連載初回から何度も何度も口にしたことを、もっとわかりやすく伝えられなかった点に反省がある。

 

ステージ0でも1でも2でも3でも4でも、がんにはその人だけが向き合うしんどさ、つらさがある。ステージを問わず多くの治療は身体に負担をかける。副作用にしても、梅宮には強く出たが他の方には出ないものがあるし、逆に梅宮は軽く済んだが一般的には多くの人が苦しむものもある。

 

他人の経過は一定の参考にはなれど、大きな指針にはならない。疑問や不安は主治医によくよく聞いてほしい、とはいえ多忙な医師にそうそう聞けるものでもない。だからこそメディアは政府に対して「ぜひ橋渡しとなるカウンセラーを増員してくれ」など建設的な運動をすべきだった。これは今からでもできることなので関係各所と連携して進めていきたい。

 

2つめ、乳房再建には、語られていない思いがまだ背景にある

もう一つは、乳房再建の件。梅宮は乳房再建を選ばなかったし、バランスをとるために左乳房も切除したいと公言している。が、そこにはもうひとつ、あまり口にしていない思いがある。これこそが伝えきれていない。

 

梅宮はモデル・タレントという職業柄、外見そのものが重要な自己表現であり、自己決定手段だと捉えている。梅宮にとっては、敢えて比較をするならばだが、乳房よりもヘアスタイルが自分らしさを表現する最重要手段だった。「抗がん剤の副作用で毛髪を失うことは想像できないほどにつらいことだった」という語りを目にした人も多いだろう。

 

「私にとっての髪と同様に、あなたにとって乳房が大切であるならば再建するべきだ」、ここまでは語っていた。しかし以下が説明されなかった。

 

「でも、そこに『他人から見ておかしいから』『温泉で恥ずかしいから』『女性性とされるものだから』などの他者の視線が強く影響するのであれば、それは本当にあなたのためなのか、もう少しだけ考えてみてもいいのではないでしょうか? なぜなら、再建はかなりの身体的な負担、苦痛を伴うからです」

 

およそこのようなことが彼女の本意だろう。「自分の一大事なんだから、他人の目線を気にして決定しなくてもよくない?」という意思だ。

 

だが、これほど大きな病と戦っている最中に「再建しない」と即断できる人は多くはない。私個人を想像するならば、おそらく決めかねて占いに頼ると思う。例えば閉経というほとんどの人が経験する事象ですら、実際に自分に起きればやはり寂しく悲しかった。

 

これも記事にできていないのだが、そもそも梅宮本人も「これから出産とかを考える年齢なら、私の考え方も違ったかも知れないけれど」と口にしている。子どものために再建したかもしれない、という意味だ。

 

「私は、現在の人生のステージでこういう選択をした。でも、判断は人生の時期によって変わる」。この話については「これが正解」という結論は永遠に出ない。皆、午前に出した結論が午後にはもう変化するような、気持ちの揺れ動きの中を自分なりに潜り抜けて明日を手にするのだ。この部分をもう少し丁寧に伝える努力をすべきだった。

 

でもやっぱり「それは違うんだ」と、最後にお伝えしたいこと

梅宮は闘病当初から「がんで商売する気か」「がん患者は患者らしく大人しくしていろ」などの批判を浴び続けている。だが、辛辣なコメントを受けても、「それはそれでご意見として拝聴します」と受け流してきた。実際、コメント内容から学ぶこともあったのだろうと思う。

 

25年5月、大きな治療が一段落し、分子標的薬+抗ホルモン治療に移行したころから、梅宮には「がん患者としてのオフィシャルな仕事」がぐんと増えた。

 

学会シンポジウム登壇を皮切りに、がん保険会社主催のトーク、東京キー局含む全国メディアへの出演、海外ラジオ含むラジオゲスト、がん団体主催の談話会、ピンクリボン関連の招聘トーク。毎週ほぼ日本のどこかで自身の体験を話している。9月には国際対がん連合主催の「世界がん会議」に招聘されて香港まで出かけていた。オトナサローネでの連載が止まっているのは時間が確保しにくい多忙さだからだ。

 

しかし「がんで商売するために」これらの仕事を受けているとは私には思えない。「がんビジネスをしてる」という言葉を目にしたが、がんビジネスとはおそらく「このお水を飲むとがんが治りますよ」というタイプのご商売をさす言葉ではないのかなと思う。梅宮の活動に近い言葉は「がん啓発の奉仕」あたりではないか。もちろん芸能人も生活をせねばならないので、相応の対価は受け取るのだろう。しかし、招聘内容に必然性があれば自腹同然で出かけていくことを私は知っている。

 

梅宮は「これが神様が自分に与えた使命だと確信して」がんの治療経験を語っている。思い出してほしい、たった数年前、梅宮が自分のがんを開示する前は、がんを公表する芸能人は多くはなかった。しかし、現在はより多くの人がSNSなども利用しながら開示している。

 

これは「病気は開示されるべき」などという話ではまったくない。病歴とはもっとも秘匿されるべき個人情報であり、梅宮も主治医から開示について心配されたエピソードを語っている。

 

梅宮・主治医に最初『ステージⅢAというのは公表しないほうがいいのでは』と助言をいただきました。『え、何でですか?』と聞いたら『世の中はがんのことを知らない人がほとんどなので、重く受け取って仕事がなくなるかもしれません』と。『確かに芸能界の仕事はなくなるかもしれないけれど、後に続く人が、なんだアンナはⅢAなんだ、私Ⅰだからって言いたいと思うんです』と言ったら、先生はなるほどとおっしゃってました。公表したところ、ゴシップではない、しっかりとした取材のお声がけをたくさんいただきました。この経験は得がたいもので、私はこれから同じ志の人たちとつながり続けて、がんの啓発を仕事として続けていきたいと願っています。

がんに「り患している最中」の話が語られていない理由とは?なぜアンナは語るのか?【梅宮アンナ×押川勝太郎医師#3】

 

主治医の心配をよそに、2026年現在、がんを開示しても芸能人は仕事を失いにくくなった。つまり、開示するかしないかを選べるようになったのだ。これは明らかに梅宮の功績だろう。

 

芸能人が開示できるようになったからといって、私たち一般人までが気軽にり患を公表できるようになったわけではない。先に述べた通り、そもそも開示するのがいいという話でもない。しかし、「がんの治療をするので休みます」と、わずかならでも言い出しやすい日本になったのではないかと思うし、「あ、そうだよね、アンナちゃんも闘病してたもんね!」という一つの共通認識が日本の同世代の間にできたことは間違いない。

 

梅宮アンナひとりがこうした変革を成し遂げたというわけでもない。彼女以前にも何人もの芸能人が闘病を開示している。しかし梅宮アンナが「私は標準治療を受けます」と何度も何度も公言し続けたことで、「がんの治療には標準治療というものがある」と認識した人も多くいると思う。

 

梅宮はよく医療関係者から「標準治療を受けると言ってくれてありがとうございます」と感謝されるという。いま標準治療という言葉を知ったうえでがん治療を受けている皆様は、もともと医療リテラシーが高かった、または高いリテラシーを自ら身に着けることができた人たちだと言える。標準治療で助かる可能性があったにも関わらず代替療法を選び、結果残念ながら命を失ったという人がまだまだ存在するからだ。

 

とはいえ代替療法の実施者も信念を持って治療を行っているのだから、外野がその意思をむげに否定すべきでもない。結果的に、医療関係者は日々「救えたのに」という無力感と戦う。こうした一連の無念に対しての「ありがとう」なのだろうと想像する。

 

私はずっと応援していくし、いずれ私が応援される立場になるのだと思っている

今年も10月、ピンクリボン月間がやってきました。アンナちゃんはストレートに自分の気持ちを表現する女性ですので、もしかして「アンナちゃんの〇〇にまつわる発言で私は動揺してしまった」という方もいらっしゃるかもしれません。

 

でも、彼女は「社会をよりよくしたい」という使命を強く背負って活動している、これは間違いありません。お金でも名誉でもなく「それが私に与えられた使命だから」。強い思いがあればなんでも許されるというわけでもありませんが、しかし父娘2代に渡る闘病を経験した彼女は「標準医療の認知向上」という願いを持って活動をしているのだという点は何度でもお伝えしたいなと感じています。

 

日本人のり患率を考えると、いずれ私も何かしらのがんにり患するのでしょう。この記事を書くために改めてアンナちゃんの連載を読み返しましたが、本当にその時々に感じたこと、心が動いたことがそのまま語られていて、名言揃いでした。彼女の言葉を書き留める機会を得たことを幸福に思いますし、26年のピンクリボン月間に一人でも多くの人が自分ごととしてがんを考える機会があるといいなと思います。

 

前編>>梅宮アンナという女性ががん治療「標準医療」にかけた思い。治療連載を担当した編集者が振り返る「人生でいちばん長かった気がする1年」

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