昭和初期221万戸から146軒へと99.9999%激減。「ほぼ絶滅」の国内でのシルク作りを「復活させねばならぬ」深刻な理由

「蚕の繭、ご覧になったことはありますよね。この繭1つからどのくらいの長さの生糸、シルクが取れるか知っていますか?」こう問いかけたのは、名古屋のメーカー「大醐」。肌に優しいシルク製品のブランド「絹屋」で注目を集めています。

 

うーん、どうでしょう? 30mくらいでしょうか?

 

「最終齢でもわずか5㎝あまりの蚕ですが、この繭1つは1500mものたった1本の糸で作り出されています。蚕がその生涯をかけて作り出した1本の糸を、私たちはつむぎ、シルクへと仕立てるのです」

 

国家の近代化を支えた養蚕と紡績、その細かな手仕事に宿る「日本の魂」

小学校の頃、蚕を育てた経験のある人もいるでしょう。蚕が作り出した繭から生糸を取り出す工程は慎重に慎重を要します。自宅で試すバージョンでおさらいすると、こんな感じ。

 

まず、沸騰させたお湯に繭玉を5~6個くらい入れ、ひと煮立ちさせてから、お水をコップ2杯ほど入れて温度を下げます。こうしてたんぱく質を固化させ、扱いやすくするします。その後、繭玉に水分を含ませてから、歯ブラシなど先がギザギザしているもので糸を引き出します。糸端を糸繰り機に巻き付けて、回して糸を巻き付けていきます。

「繭がコロコロ回る紡績工場の映像を見たことがあるかもしれませんが、この糸端を繰り出し、糸繰り機にかける作業にはどうしても人の手が必要。とても繊細な仕事です。明治期、世界で日本産のシルクが珍重されたのは、丁寧な作業による高品質な仕上がりがあってのこと。決して誰にでもできる仕事ではないのです」

 

シルクだけが持つ素材の魅力

改めて、シルクとはどのような特徴を持つ素材なのか、その魅力に焦点を当ててみましょう。

 

「シルクと人間との関係は古く、紀元前3000年にさかのぼるとされています。 古から現在に至るまで、シルクの光沢、なめらかさなど糸としての美しさが重宝されている点は言うまでもありません。もうひとつ、人の髪や肌と同じたんぱく質でできており、摩擦による刺激が少ない人に優しい繊維であることも大きな特徴です」

 

シルクには天然の抗菌性があります。シルクの成分であるセリシンには、細菌の繁殖を抑える効果があるとされています。このため、シルク製品は臭いやバクテリアの発生を抑えることができ、肌トラブルのリスクを減少させる効果も期待できます。また、セリシンは肌の保湿される効果も持つと言われます。

 

シルクは命をはぐくむための効果も持ちます。まず繭の中を守るためのUV効果、そして汗や湿気を素早く吸収し発散させる吸放湿性。

 

「絹は肌に優しいとよく言われますが、これは吸放湿性の高さも理由。肌が乾燥しすぎたり、逆に湿気で蒸れたりすることが少なくなり、常に快適な状態を保ちます。また、通気性が良いため、夏は涼しく、冬は暖かいという特徴があり、季節を問わず肌に優しい素材です。繭の中の命をはぐくむため、 温度調節機能も持ち、肌の表面の温度を快適に保つことができます。寒い時は保温性があり、暑い時は涼しく感じるため、肌が外部環境の急激な変化から守られます。これにより、肌へのストレスが減少し、より健康な状態を維持しやすくなります。肌着に使われることが多いのはこれらが理由です」

 

なぜ国産シルクは衰退してしまったのか?「国内だけではまかなえない現状」

これほどまでにいいことづくめのシルクですが、国内では衰退の一途をたどっています。最盛期の昭和初期、養蚕家数は221万戸でしたが、2022年は163軒、23年はわずか146軒。

 

「養蚕をしても儲からない。だから後継者がいないのが原因です。桑園、蚕種、飼育、病虫管理と養蚕関係は多岐に亘り、それぞれ高度な専門技術を必要とします。ですが養蚕農家の減少とともに国や県の技術者も減少し、残る技術者も高齢化 しています。同様に製糸関係の技術者も減少し、高齢者が 中心。どちらも現場が縮小している現状では後継者を立てることが難しいのです」

 

また、生糸の加工から製織及び製品化までの中間工程(撚糸,精練・染色等)では小規模な業態が多く、業界の縮小等の影響を直に受け易いため廃業が進んでい ます。 世界的にはシルクの需要も養蚕業も伸びており、現在の養蚕が一番盛んな国は中国ですが、今後はさらに発展途上の国にシフトしていくと考えられています。

 

そんな中立ち上がった「お蚕さんに夢中な会社」。この国の養蚕を変える

 

逆風以外の要素が見つからないこの状況の中、敢えて「国産の絹」にこだわりを持って立ち上がった企業があります。「絹屋」ブランドを企画販売する「大醐」です。同社は「日本のモノづくりを未へ」を掲げ、ブランドの発足時から日本製にこだわり、モノづくりを担う工場と一緒にモノづくりを進めています。

 

「7年ほど前、愛知県豊田市稲武町の農家さんが、弊社の直営店に突然訪ねてきました。ただでさえ養蚕農家さんは少ないので、直接お越しいただくなんて初めてのことで、いったい何がと慌てましたが、お話を伺うと『稲武町の養蚕の伝統をなんとか一緒に守れないか?』という悲痛なご相談だったのです。稲武町の絹は天皇陛下の大嘗祭でも使われる逸品、その稲武を含め愛知県の養蚕業が当代で絶えてしまうことはあまりにも悲しい、でもゼロにはなっていない今ならまだ伝えることができる。何とか復興させられるのではないか、いまが最後の最後のタイミングなのではないかと。ハッとしました、確かにそうだ、いま手を打たないと脈々と伝えられてきた記憶そのものがなくなってしまうと」

 

私たちが生まれたころ、1970年にはすでに40万戸まで減少していた養蚕農家ですが、2023年には前述のとおり146戸まで激減しています。ゼロになったものをイチに戻すのは大変な労力が必要であることは、たとえば絶滅した動物を戻すことができないことでも明らか。自動車産業の前に日本の産業を支えた養蚕の文化や伝統を絶やしてはいけない。

 

「ですが、養蚕は儲からないから後継者もいない事も事実。国からの補助金はありますが、とてもではないが続けられないのです。必要なのは 今の時代にあわせた養蚕のあり方なのではないかと考えるようになりました」

 

紆余曲折経て養蚕復活プロジェクトに着手。まずは畑づくりからスタート

難しいことは百も承知で、現在に合わせた養蚕を探らねばならない。こうして始まったのが「犬山かいこ~んプロジェクト」です。犬山市の耕作放棄地(2300坪)を桑畑にし、養蚕を復活させるプロジェクト。 テニスコート30面分ほどの土地を徐々に桑畑として開墾しなおしています。

 

「 犬山の城下町に築110年の古民家を改装して絹屋のお店をオープンさせたことがきっかけです。犬山について調べたところ、明治から昭和初期にかけては養蚕がたいそう盛んだったにも関わらず、今は養蚕農家は一軒もない。ならば、この犬山でこそ復活させたいと痛感したのが動機です」

 

2023年11月に伐採をスタート、24年4月には桑の植樹会を開催しました。7月には桑茶づくり体験会を実施、桑の葉の収穫会も8月9月とすでに2回実施しました。これから10月には看板作りとバーべキュー炉作りを予定、 12月と25年1月には桑の伐採を行い、3月に再び植樹を行う予定です。

 

「蚕は1頭で約100グラムの桑の葉を食べます。蚕が育つだけの桑を供給し続けられるようにするのが当面の目標。また、次世代の意識育成のため、子どもたちへの蚕のワークショップも始めました。夏休みの自由研究のテーマにもなるし、育てていく過程で蚕に興味を持ってもらうことができる。蚕が吐く糸がこんなに素晴らしい素材で、それがものづくりに生かされているなど自分で育てることで今までしるきっかけがなかったものを知ってもらういい機会になりました。養蚕を単なる産業ではなく、暮らしであり、学びであり、生き物の命でありと360度からとらえ直すことが現代的なのではないかと」

 

今後抱く夢は「国産シルクの完全復活」、そしてシルク関連製品の拡充

現在は靴下やナイトキャップなど雑貨商品をメインで展開している「絹屋」。今後はシルクの特徴を生かした化粧品や、食品にも力を入れていきたいと考えているそう。

 

「360度の視点でいうと、蚕は昆虫食として注目を集めており、将来貴重なたんぱく源にもなる可能性があります。日本はこれだけ健康食品が多く販売されていますから、安心安全の日本製で食品を展開できるかもしれません。また、今は数少ないですがシルクの保湿成分を生かしたハンドクリームや石鹸も展開しています。毎日使うものだからこそ、多くのファンを作ってリピーターになってもらうことができる化粧品も広げていきたいと思っています」

 

本物にこだわる「絹屋」だからこそできるシルク混率の高いアイテムにも注力する予定です。主婦の友社「ゆうゆう」は大醍が作るシルクの商品に大注目。そのポイントは以下からどうぞ。

 

ゆうゆうtimeで「絹屋」のもっと詳しい記事をチェック!

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