「ある日、帰宅したら家がもぬけの殻だった」。離婚で「逃げられた」場合、このあと起きることは
「日本は残念ながら、子どもの権利保障面では約30年ほどG7諸国に遅れています。中でも『子の連れ去り問題』で知られる共同親権問題は深刻です」
こう語るのは、神奈川法律事務所所属の弁護士・大村珠代先生。「子の連れ去り違憲国家賠償訴訟」の共同代理人を務めています。(公式サイト)
「単独親権と共同親権のどちらがいいかという次元の話ではなく、現状の単独親権では児童の権利条約で保障されている子どもの権利が保障されないままないがしろにされているという、もっと根底の部分が問題です。女性と子どもを守る仕組みをつくるべきところ、最初の部分からボタンの掛け違いが起きているのが原因なのです」
記事#1『「子の連れ去り問題」って何が悪いの? 弁護士に詳しく聞いたら「そもそも離婚時に『親権を取り合う』仕組みがどうかしていた」』に続き、連れ去りの現場で起きていることを伺いました。
【子の連れ去り問題と共同親権を考える#3】(5話連続/1/2/3/4/5)
離婚といえば「親権を争う」ものだと思いこまされているのがおかしい
筆者は日ごろ夫のモラハラやDVの話を取材することが多いため、夫のDVから逃げられなくなる共同親権には反対のスタンスで前編から引き続きこのお話を聞いています。
大村先生、#3ではまず、共同親権問題とセットで起きる「子の連れ去り問題」の典型例から教えてください。ここまで夫側が連れ去る悲惨なケースも伺いましたが、ここではあえて妻側が子どもと逃げるケースでお願いします。
「たとえば、夫婦げんかを繰り返し、離婚の話も持ち上がっていたある日、夫が帰宅してみると家の中から家具が消え、妻と子どもがどこに行ったかがわからない。こんなシーンはよくマンガでも描写されますね。その後何が起きるかというと、しばらく間をおいて弁護士から受任通知が届き、弁護士に連絡してくれと書かれています。その後、離婚調停が申し立てられて、家庭裁判所から書類が届きます」
なるほど、転居先を調べようとしたけれどわからないというシーンをマンガ等ではよく見かける気がしますが、このあたりの時点での話なのですね。
「連れ去られてからは夫は子どもには全然会えません。連れ去った側の妻は親権争いに勝つため、子と同居のもとで養育を維持している状況をつくりたいからです。夫はやむを得ず面会交流調停を起こしますが、子どもに会えるようになるまで約1年かかることもあります。その間、子どもがどういう思いでいるのか、元気でいるのか、学校に通っているか、全くわかりません。抑うつ状態になる連れ去られ親も多数います」
それがDV夫ならばやむなしという気がしなくもないですが、DVやモラハラではなく性格の不一致で逃げられた場合は気の毒な状況ですね。
「やっと会えるようになったとしても、子どもが低年齢の場合は月1回の短時間面会だと親の顔を忘れかねません。また、母親が子に父親の悪口を吹き込んで洗脳したり、母親が父親に対して悪感情を持っていることを子が察知し、本心とは別に『パパには会いたくない』と口にすることもあります。こうなるともう手も足も出ず、生きながらにして子どもに全く会えない状況に陥ります。これらはよくある話で、例外的なケースではありません」
これも妻と子どもに権利がなかった時代から続く、ある種のバイアスなのだろう
本来ならば調停の手前で協議離婚として話し合い、今後養育にかかわる条件をどうするかを決めてから夫婦が分かれて住むべきところ、日本はいきなり連れ去る「誘拐」が常態化しているのが問題なのだそう。
また、アメリカの場合、子どもの健全な成長を第一に考え、何歳児ならばどのくらい会えるべきという面会時間の基準がありますが、日本はその時間が極めて少ないうえ、会えるようになればまだマシというのが現状とも。
「DVから逃げる場合は別として、そもそも単独親権を争う仕組みでなければ連れ去りなど起こさなくて済みます。このことに皆さんあまり気づいていません。結婚生活がうまくいかなくなりました、では別居した場合の生活や養育の費用、子どもの養育そのものをどうするか話し合いましょうと、協議してから別れるのが本来の姿です。でも、話し合う制度がないので自分たちだけでは話にならず、親権確保のために連れ去る。本来はここに司法の支援が必要なのです」
連れ去られて怒りを抱えた相手と争うため、調停や裁判は誹謗中傷合戦になりやすい。悪くすれば連れ去られた側が抑うつ状態に陥り、養育費どころではなくなることもあるそうです。
「話し合いで決める協議離婚、司法が仲裁に入る調停離婚、裁判で決める裁判離婚と段階が進んでいきますが、調停や裁判の場でお互いの悪口を誇張して言い合う事態にほとんどの人が苦しみます。ただでさえ別れて暮らす選択をして不安定でつらいところに、追い打ちをかけるように争いのダメージをくらう。そして、その争いの姿を子どもが見てしまいます」
確かに、両親の離婚を経験した友人のうち、調停が長かったおうちはかなりあとになるまで離婚そのものを口にしませんでした。隠していたのではなく、親のいさかいがつらくて口にできなかったのだと、今になればわかります。
「その間、数年間にわたる弁護士費用も裁判の労力も、精神的負担もすべてが両親にかかっていきます。離婚を手掛ける弁護士が言うのもなんですが、こんなことにお金を使わず、子どもにお金をかけてほしい。それもこれも、単独親権で争う必要があるから起きることです」
離婚とは「夫婦という状態をやめる」だけ。「争い」ではなく「話し合い」であってほしい
離婚は人生の終わりではなく、単に二人が夫婦としてやっていくことが難しかっただけ。離れて暮らしても親業は続けられるよう方策を話し合い、再スタートの条件を決めるというスタンスが最良と大村先生は言います。
「共同親権制度に変われば、連れ去りから始まる『離婚マニュアル』は不要になり、不毛な親権争いをしなくてすむようになります。たいていの人ははじめは離婚を拒んでいても、相手の離婚の意思が固いとなれば諦めます」
もちろん執着する人もいますが、それはまた別の話。ただし、執着が危害になる場合は警察に排除されるべきと大村先生。身体の安全を確保できたうえで必要なことは?
「子と親の関係性は、夫婦の関係性とは全く別のものですから、冷静に円満に、離婚後の養育費や親子交流など養育に必要なことを協議して定める。そんな、子どもを中心にした、母と子、父と子、それぞれの親子関係を尊重する手続きが進められるようになるのです。この調整に第三者が入る制度をつくる必要があります」
そういえば、協議で円満に離婚をしたとしても、単独親権ならばどちらかの親は親権者ではなくなるので、例えば父親が親権を取った場合、母親は子どもの手術の際の同意書にサインができなくなるんですね?
「はい、離婚後親権者として指定されなかった親は医療同意ができません。医療機関からも親権者でないからと断られると当事者から聞いています」
この、同意の運用を検索していて気づいたのですが、22年には離婚前の別居中、家裁に面会禁止命令を出されている親に子どもの手術同意を得なかったのは違法という地裁判決が出ています。要するに、明らかなDV夫と認定されたケースですよね。しかし逆にまだ婚姻中ですから、もし共同親権になっていれば、どちらか1人の親のサインでもOKだったのでしょうか?
「いいえ、その認識は間違いです。共同親権というのは誰も体験したことのない特別なことではなくて、日本では婚姻中は共同親権、共同行使が原則です。ですから、同居親が単独親権者のように決めてしまうことは本来はできないのです」
ええっ、じゃあDVで逃げている間に子どもに不慮の事故があった場合、「サインしてやるから戻ってこい」と言われたら帰らないとならないですね……。やっぱり共同親権は怖いです。
「ここは難しく、かつ誤解も生じやすいところだと思います。まず、すべての離婚の背景にDVや児童虐待があるわけではない、むしろ全離婚件数から見れば少数であることは前編でお話したとおりです。同居親が重要事項を単独で決定できるとなると、それって子どもに対する支配権のようなものだと思いませんか?」
#3では連れ去られたあとに起きることを中心に事例を伺いました。続いて海外ではどうしているのかを教えていただきます。
つづき>>>なぜこんなに理不尽な「やられる側が逃げる」仕組みが続いているのか?よくよく考えたらここが原因な気がするポイントは
お話/弁護士 大村珠代先生
神奈川県・JR川崎駅から徒歩7分、神奈川法律事務所に所属。家族法が専門。子の連れ去り違憲訴訟、自由面会交流権訴訟の共同代理人。日ごろの暮らしに密接な離婚、相続、成年後見などが重点分野です。連れ去りや離婚に悩む方、女性弁護士になら話せる悩みがある方、この機会にぜひ相談してみてください。「依頼者・相談者が自分らしい生き方ができるよう伴走します。ひとつひとつの事件に真摯に、親身に向き合うことを心がけています」。日弁連高齢者・障害者権利支援センター、神奈川県弁護士会高齢者・障害者の権利に関する委員会所属。