不登校児の親は「子どもから意識を剥がす」練習をするほうがいいかもしれない【不登校ラジオ・ダイジェスト】

2026.07.21 LIFE

心穏やかに待つためには、親の側が自分の意識を「子どもから剥がす」必要がある

井一:子どもがエネルギーを溜めている時間を信じてひたすら待つというのがうまくはまって、お子さんがエネルギーを十分溜められた、いっぱいになったから次のステップに進みたいという意思がついていった、ということなんですかね。

 

現状は心理学的にもこの、本人の意思が満ちるまで待つ、見守ることが不登校に対する態度の正解であるようです。いや、人生に決して正解や不正解があるわけではないのですが、しかし我々はやはり方法論としての正解があるのではないかと思ってしまうのです。

 

仙田:大人になっても何もしたくない時、ちょっとうつっぽくなる時、ずっと寝ていたい日ってありますよね。。思い切って怠惰になって、ずっと一日寝るとか、そういう生活を何日か続けているとだんだん飽きてきて、たまには仕事でもしたいなとなってくる。子どもだけでなく、そういう人間の心の動きとしては自然なことなのかもしれません。

 

井一:いま、「仙田さんがどうしてそこまで穏やかに待てるのか不思議です。なんでできないのかという怒りが湧いてしまうことはないのでしょうか」とコメントをいただきました。私も本当にこれは思います。

 

仙田:ないこともないですが、非常に微弱です。子どもに関しては生まれた瞬間から可愛いとしか思ったことがないので。いちばん波があったのは保育園の頃で、自分で靴を履いて歩いて、荷物を片付けてという、赤ちゃん状態からちょっと人になりかけた頃に、こちらの期待することと子どものできることがかみあわない時期はイライラすることが多かったです。

 

でも、実際に怒ってしまうと、後でものすごく嫌な思いするじゃないですか、なんであんなこと言ってしまったのだと。僕は子どもに限らず、誰かに対してイラッとするその負の感情が嫌いなんです。 人生には限られた時間しかないのに、こんな負の感情を持っている時間がもったいないなと思って、その負の感情自体を無視するようにしています。

 

だから子どもに対してイラッとなりかけたら、その感情に目を向けないようにして、違うことに目を向ける。 例えば今、子どもたちが食事やお風呂にものすごく時間をかけます。 お風呂2時間、食事1時間半みたいに。でも、無理やり短縮させても誰も嬉しくないから、 僕はもうその気持ちに目を向けないようにして、そのその時間違うことをするようにしてるんです。

 

井一:なるほど、自分の意識自体を子どもから無理にでも「剥がす」のですね。それはちょっと応用できる気がしました。思えば、ご飯を終わらせてくれないと洗い物が終わらない、洗い物が終わらないと私がお風呂に入れないと、私の時間を侵害されているから腹が立つんですね。

 

仙田:なので僕は子どもが寝て寝た後に仕事をすることに決めているのですが、その時間を前倒ししてパズルみたいに入れ替えます。時間を奪われた時にはこっちの時間をそっちに持っていくのです。

 

井一:自分の気持ちを波立たせないために、家事の順番を組み替えることで子どもに対してイラッとしないようにしている、これは究極の自分ファーストでもありますね。

 

仙田:道を歩いていても、あんまり近寄りたくない人がいたら離れるじゃないですか。それと一緒で、子どもに対してだけじゃなくて、僕は多分誰に対してもそうしてると思います。話し合ったら分かり合えそうな場合はもちろん話し合ったり、ぶつかったりするけど、変えられなさそうな場合はその問題から離れる。

 

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