この時代を生きる私たちは、例え主題にしなくても「戦争」から逃れることはできない

2023.03.11 LIFE

「ドキュメンタリーというよりむしろミステリだった」「結論がどうなるのか最後までわからずハラハラする」と静かに話題を集めるのが、令和4年度(第77回)文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門優秀賞受賞作品『通信簿の少女を探して ~小さな引き揚げ者 戦後77年あなたは今』。

 

迫りくる締め切りの中、淡々と真実を追いかけるスタッフに「そんな偶然本当にあるの?」と驚くような複雑な糸のからみあいが提示され、最後は嘘のような収束に向かっていく……

 

3月17日より全国4か所の映画館を巡回する「TBSドキュメンタリー映画祭 2023」への出品も決まった本作、なぜこのような「意外な手触り」になったのでしょうか。ディレクターのTBSスパークル・匂坂緑里さんに、「ドキュメンタリーを作る」ことについて伺いました。

前編『「消えた通信簿の少女」が見せた意外すぎる結末。リアルの世界でミステリが「でき上がってしまった」一部始終』に続く後編です。

 

戦争を主題としていなくても、それは「必ず逃れられない」時代の重大な構成要素のひとつ

――とはいえ、匂坂さんは22年に『報道特集 ベラルーシ ルカシェンコ大統領への単独インタビュー』でもギャラクシー賞3月度月間賞を受賞しており、どちらも戦争に関連する作品です。反戦などは特に思いを込めていない?

 

戦争そのものをテーマにしたいと思ったことはないのですが、でも、逃れられません。いまを生きる人間として、テレビディレクターとして、やはり戦争からは逃れられないんだなという気持ちがあります。日本人として生まれながらに背負っている戦争の記憶、そしてリアルタイムで起きる戦争に対して日本人だからこそ感じ取れる事象、どちらの面でもです。

 

――『報道特集』も拝見しましたが、情勢的にはインタビューが終わった直後に全員が逮捕投獄されるリスクも相当にありましたよね。猛烈な緊張感の漂う映像でした。

 

それにせよ、戦争そのものを大きな私のテーマとして据えたわけではありません。ただ、私は大学でロシア語を専攻し、ロシアにはずっと関心がありました。その同盟国を名乗るベラルーシのルカシェンコ大統領が、自国民に言論の自由を封じ投獄する……。「この人いったいどうなっちゃってるんだろう?」という個人的関心から、6選を果たした2020年からインタビューを申し込んでいました。そうこうするうちにロシアがウクライナに侵攻。ベラルーシはロシアに付きました。

 

――22年3月のことですね。その3月の報道特集でのインタビューが、ウクライナ侵攻以来はじめてルカシェンコ大統領が応じた西側メディアのインタビューだったそうですね?

 

はい。もうインタビューは無理だとあきらめていたところに、「大統領が応じる」と連絡があった。「運命」が私をロシアへと関連付けていく力を強く感じました。その部分は描いていませんが、今回の通信簿の少女も実はロシアと深く関連のある人物であることが途中で浮かび上がります。ドキュメンタリーを作るということは、どこかこうして自分の役割が何なのかを自分自身に問い続ける作業なのかもしれません。

 

――拡散していく社会の事象を「私」という目で収束させて誰かの心につなげ直すため、その「目」の感受性を客観的な自分が常に観測する、みたいなことなのでしょうか。

 

私自身、少女を探していく過程の中で、常に「自分は何をさせられているのだろうか」「どうして自分のところにこの通信簿がきたのだろうか」と考え続けていました。この通信簿によって「運命の力」はいったい私に何をさせたいのかなというのをずっと考えていましたし、実のところ放送から半年以上たったいまでもまだずっと考えています。

 

最後の最後まで「運命」に翻弄され続けている作品、その視点でご覧いただけたら

――神がかりみたいな話になってしまいますが、でも、実際に代表作って、こうして運命の偶然がいくつもいくつも幸運として降りてくる、その恵みの結実のようにできるものなのでしょうね。

 

放送後、少女のご家族から「自分の知らなかった自分の家族の話を明らかにしてくれてありがとうございました」とお礼をいただきました。実はこの方は、私のファミリーとものすごく近いところで社会生活を送っていらしたことが判明して。やはり「運命の力」があり、それに導かれることがあるという得がたい経験でした。また少し話がずれますが、ドキュメンタリーって、他人の領域に土足で踏み込むことの連続です。今回その踏み込みを受け入れてくださった少女、少女のご家族には本当に感謝しています。

 

――やはりミステリアスな作品はミステリアスな経緯で生まれるのだなと感じるお話です。今回の映画祭にはテレビ放送分に撮りおろしを追加しての出品ですね?

その追加取材も帰りの飛行機が天候不順で足止めとなり、その分だけまた別府にとどまって地誌を調べることになり、新たな発見を得たり。また、なにものかが私に調べさせている、私はいつまでも「運命の力」と向き合い続けるのだなと思わざるを得ない内容でした。そして誰もが自分では気づかぬ物語を持っています。時にその力に翻弄されてみるとまたちょっと面白い道があるのかも?などと思いました。そんな部分も含めて、お楽しみいただけたら嬉しいです。

 

 

TBSのドキュメンタリー作品が一挙に集まる映画祭が開催されます!

1955年の開局以来、日々のニュースや珠玉のドキュメンタリー番組を放送し続けてきたTBSが、ドキュメンタリー映画の新ブランド「TBS DOCS」を立ち上げました。日本国内のみに留まらず、世界でも日々取材を続けている記者やディレクターの想いを、多くの人により深く、より丁寧に発信しています。

そんな「TBS DOCS」がこのたび「TBSドキュメンタリー映画祭 2023」を開催決定。匂坂さんの作品も4都市のスクリーンで観ることができます。

 

TBSドキュメンタリー映画祭 2023 作品一覧

■東京・ヒューマントラストシネマ渋谷 3月17日(金)~30日(木)
■大阪・シネ・リーブル梅田 3月24日(金)~4月6日(木)
■名古屋・伏見ミリオン座 3月24日(金)~4月6日(木)
■札幌・シアターキノ 4月15日(土)~21日(金)

 

➀ アフガン・ドラッグトレイル
監督:須賀川 拓 / ©TBSテレビ
街を見下ろす小さな丘を月明かりが淡く照らし出していた。草木は無く、ゆらゆらと揺れる遠くの町の灯りまで見通せる。「ザッザッ」駆け下りる足音が異様に目立つ。戦闘員の怒号と老人の泣き声が静寂を切り裂いた。山に潜む薬物中毒者の取り締まりは苛烈だ。それでも常習者たちは「地獄」と呼ばれる橋の下に集まり、ゆっくりと死を待つ。アフガン・ドラッグトレイル――。この国を蝕む薬物の闇。私たちはその深部にカメラを入れた。

 

➁ それでも中国で闘う理由 ~人権派弁護士家族の7年~
監督:延廣耕次郎・松井智史 / 78分 ©TBSテレビ
2015年夏、中国で人権派弁護士ら約300人が拘束された。そして人権派弁護士らが突如連絡を絶ち、拘束されたことが後になって判明するケースが今でも相次いでいる。「党の100年は人権のために戦い人権を尊重し発展させた100年だ」と主張する習近平指導部。急速な発展を遂げ経済大国となった中国で何が起きているのか。一家の大黒柱を突然失いながらも奮闘する家族を通して中国社会の現実を見つめる。

 

➂ オートレーサー森且行 約束のオーバルへ
監督:穂坂友紀 / ©TBSテレビ
2021年1月の落車事故。それは「5ミリずれていたら即死していたかもしれない」「一生車椅子生活になるかもしれない」大事故だった。5度の大手術、両足麻痺の後遺症。それでも、森且行は再び歩くことを、再び走ることを諦めなかった。壮絶なリハビリ、心にあるSMAPの仲間たちへの思い、現実を知って頭をよぎったもう1つの選択肢。50歳目前、ゼロから再起を目指す2年間の闘いを追った。

 

➃ カリスマ ~国葬・拳銃・宗教~
監督:佐井大紀 / ©TBSテレビ
私は普段、TVドラマのスタッフとして現場のエキストラと向き合っている。閉じられた画面の中を豊かにするため、決められた設定を生きるエキストラ。私は彼らに、国家や組織という閉じられたフレームの中で生きる、自らの人生を見た。私は誰しもに問いたくなった。「あなたの人生の主役は誰?」国葬、反対デモ、かつて世間を驚かせた「イエスの方舟」。日本社会のエキストラと主役(カリスマ)に、時を超えてマイクを向けた。

 

➄ 東京SWAN1946 ~戦後の奇跡『白鳥の湖』全幕日本初演~
監督:宮武由衣 / 81分 ©TBSテレビ
1946年、敗戦直後。京城出身の青年・島田廣は自身のバレエの才能を見出したロシア人の師匠・エリェナ・パァヴロヴァの悲願を成し遂げるために前代未聞の『白鳥の湖』全幕初演という無謀な挑戦に奔走する。次々と仲間を増やしていく島田の前に現れたのは、若き日に密航し、上海でスターダンサーに昇りつめた謎の男・小牧正英。食べ物も稽古着もないなか、手探りで作り上げる奇跡の舞台。焼け跡の東京で起きた感動の歴史秘話。

 

➅ War Bride 91歳の戦争花嫁
監督:川嶋龍太郎 / 79分 ©TBSテレビ
彼女の名前は桂子ハーン、91歳。私の伯母である。桂子は1951年、20歳の時に米軍の兵士と結婚し海を渡った『戦争花嫁』とよばれた ――。日米版の「愛の不時着」と呼ばれる今作。これは【真実の愛の物語】である。激動の時代を生きた桂子の人生・生き様・家族・苦悩・差別などを当時の世相と共に描いた意欲作。戦後たった5年、米兵と歩いているだけで娼婦と言われる時代に「何故桂子は敵国の軍人と結婚をしたのか?」そこにあった幸せとは ――。

 

➆ダリエン・ルート “死のジャングル”に向かう子どもたち
監督:萩原豊 / 71分 ©TBSテレビ
中米コロンビアの小さな街に、数万人のハイチ難民が押し寄せていた。そこで2歳と6歳の幼い姉妹を抱える家族らに出会う。混迷を続ける母国を離れ、新たな人生を求め、陸路でアメリカを目指そうとしていた。彼らが向かったのが、険しい地形やギャングの支配などから、“死のジャングル”と呼ばれる密林地帯「ダリエン・ギャップ」。年間13万人以上の難民が越境を試みる。その先に希望はあるのか。アメリカに辿り着けるのか…。

 

➇ 魂の殺人 ~家庭内・父からの性虐待~
監督:加古紗都子 / 71分 ©TBSテレビ
渡辺多佳子さんが4歳の頃、突然、性虐待は始まった。加害者は、自分の父親だった。“魂の殺人”と呼ばれ、被害者の心に深い傷を負わせる、性虐待。50年以上もの苦しみを経て、多佳子さんは決意する。実名で被害を告発すること。そして、絶縁状態にあった父親と対峙することを。「抵抗できなかった私が、悪いんですか?」多佳子さんの問いかけに、父親が語った言葉とは―。声を上げ始めた被害者たちと、その闘いを描く。

 

⑨ サステナ・ファーム  トキと1%
監督:川上敬二郎 / 69分 ©TBSテレビ
あなたの街でもミツバチやトンボが減った? それは平成に入って登場し、今や最も多く使われている殺虫剤「ネオニコチノイド系農薬」の影響があるかもしれない。いや、虫どころか、宍道湖ではウナギやワカサギに、佐渡ではトキにも悪影響が…? そんな謎に挑んだ大学教授たちがいる。さらにヒトへの懸念も浮上した。そこで農薬や化学肥料に頼らない有機農業を取材し始めると、究極の持続可能な農園=サステナ・ファームに遭遇した。えっ?

 

➉ KUNI 語り継がれるマスク伝説 ~謎の日本人ギタリストの半生~
監督:佐藤功一 / ©TBSテレビ
「絶対プロになってみせる!強い信念のもとアメリカへ渡った日本人ギターリスト「KUNI」。ミステリアスな仮面をかぶり、LA.メタルブームに沸くミュージックシーンのど真ん中でギタリストの地位を築き上げ、悲願の全米デビューを果たす。帰国後、プロデューサーとして音楽シーンに貢献をした後、再びステージに立つが突如ギターを封印。なぜ彼はギターを封印したのか?ロックシーンの最先端を駆け抜けた「KUNI」の謎に迫る!」

 

⑪ 通信簿の少女を探して ~小さな引き揚げ者 戦後77年あなたは今~
監督:匂坂緑里 / ©BS-TBS
ディレクターが偶然手にした画家ゴーギャンの古書に、1枚の色褪せた通信簿が挟まっていた。昭和23年、大分県別府市の小学6年生の少女のものだった。「あの戦争を生き延びた少女に、通信簿を届けたいー」。それは歴史に埋もれた日本の戦後史を紐解く旅の始まりだった。“通信簿の少女”を探す中で「日本が歩んだ戦後77年」の断片を体験する。令和4年度文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門優秀賞受賞作品。

 

⑫ シーナ&ロケッツ 鮎川誠と家族が見た夢
監督:寺井到 / ©TBSテレビ
78年に結成された「シーナ&ロケッツ」は「ユー・メイ・ドリーム」などのヒットで知られる福岡発のロックバンドだ。中心となるのはギター・鮎川誠とボーカル・シーナの夫妻。結成以来休止することなく活動してきたが、2015年シーナが子宮頸がんで急逝。メンバーですらバンドはもう終わりかと思ったが、鮎川はバンドの続行を決断。シーナの地元北九州は若松で彼が二人の馴れ初めからはじまるバンド秘話を語りはじめた…。

 

⑬ 93歳のゲイ
監督:吉川元基 / 74分 ©MBS
同性愛者の長谷忠さんは、結婚をしたことも交際した経験もない。ずっと誰にも打ち明けることなく、好きな男性が出来ても告白することができない時を過ごした。かつて同性愛は「異常性欲」や「変態性欲」だと公然と語られ、治療が可能な精神疾患とされてきた。孤独の中で生きてきた長谷さんに訪れる「出会い」と「別れ」。この国の同性愛の歴史を紐解きながら、本当の自分を隠し続けた「93歳のゲイ」の日々をみつめる。

 

⑭ やったぜ!じいちゃん
監督:仲尾義晴 / 70分 ©CBC
生まれつきの脳性マヒで身体が不自由な舟橋一男さん75歳。子供の頃には「20歳までは生きられない」と診断された。しかし、74歳の今も元気、結婚し、二人の娘さんをもうけ、更に孫まで。今も印刷の仕事をし、積極的に外出もしている。今から50年前。CBCのカメラが舟橋さんを撮影していた。障がい者4人だけで北陸の温泉に旅する様子を記録したもの。その映像を交えながら、舟橋さんが感じることや暮らしぶりを静かに描く。

 

⑮ 劇場版 ヤジと民主主義
監督:山﨑裕侍・長沢祐 / 78分 ©HBC
2019年7月、札幌で参議院選挙の応援演説をしていた安倍晋三総理(当時)にヤジを飛ばした男女が北海道警察に排除された。年金政策を批判するプラカードを掲げようとした女性らも排除されるなど、表現の自由を警察が奪った問題として注目を集めた。この問題を追及し数々の賞を受賞したドキュメンタリー番組の劇場版。テレビでは伝えられなかった映像や証言、追加取材を交え再編集。安倍氏銃撃事件後、さらに重要な意味を増す問題作。

 

■映画祭公式HP(https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
■Twitter(https://twitter.com/TBS_DOCS

 

続きを読む

スポンサーリンク

スポンサーリンク