「誰のための制度なの?」骨抜きにされた共同親権制は女性の社会進出を「妨げる」仕組みになってしまった(中)
総務省入省後、高槻市副市長、那須塩原市副市長、政策研究大学院大学准教授、多摩大学客員教授などを歴任してきた渡辺やすゆき先生(52歳)。2010年のGW明けに突如として「子どもの連れ去り」の被害にあって以来、14年に渡って娘の居所も、消息もわかりません。
前編記事『「14年もの間、娘が生きているかどうかすらわからない」連れ去り被害はこうして起きる。共同親権「推進派すら真向から大反対する」新法案の大問題』に続く中編です。【3本中の1/2/3】
「連れ去り指南」が横行している離婚業界で「DV考慮」を明文化してしまったのは最大の失態
渡辺先生は、連れ去り被害にあった自身の体験から、共同親権・共同監護を前提に、連れ去りの起きない社会環境を整えるべきと考えています。しかし、このいわゆる「共同親権推進派」から見てすら、今国会で成立予定の共同親権法案は「とんでもない内容」なのだそう。
「まず、今回の法案では裁判所が親権者を決定する際に配偶者暴力(DV)を考慮すると入れてしまいました。これは先駆的に見えて大失態です。ここまでのお話でわかる通り、連れ去りと虚偽DVが横行している以上、必ず齟齬が起きます」
どのような齟齬でしょうか?
「例えば、『妻にDVを働くが子どもは大切に養育する夫』と、『子どもに虐待を働く妻』がいた場合、どちらが親権を取るべきだと思いますか? 国際的には、当然ながら児童虐待を行わない側、このケースでは夫です。しかし、今回の法案が成立すると、児童虐待をする側が単独親権者になる可能性が極めて高いのです」
確かに、これまでDV被害を主張し裁判所から親権を付与された親が、離婚後にもう一方の親を子育てから排除し、子どもの虐待を続けて死に至らしめる悲劇も数多くありました。
「今回の法改正でDVが親権剥奪理由として法的根拠を持つようになれば、虚偽DVがこれまでより一層横行することは火を見るより明らかです。法的に明確な根拠を得て子どもを親と分断できるのですから。単独親権を得た親による児童虐待もなくならないでしょう」
ここまで渡辺先生の話をそのまま受け止めてきましたが、実際のところ虚偽DVとはそれほどまで横行しているのでしょうか。だとすれば由々しきことで、その根幹を改善しないとならないように思います。
「その通りです。実際にDVを受けて逃げている人たちは間違いなく存在しますから、どんなことがあっても必ず救済されなければなりません。それは大前提です。そのうえで、配偶者暴力による被害と親権は別の問題なのだという点をご理解いただかねばなりません」
でも、母子が一緒に殴られているケースも多々ありますよね?
「夫による虐待により子どもの生命・身体に危険が及んでいる場合、妻は別居時に子を連れて出ていくべきです。親権者も妻とすべきでしょう。しかし、それは児童虐待への対応と配偶者暴力への対応を同時にしているだけの話であり、DVと親権を二択にするのは間違いです。なぜなら、配偶者暴力(DV)は夫婦の問題であり、親子の問題つまり親権とは論理的につながっていないからです。離婚とは大人の都合で起きることであり、優先されるべきは子どもの幸福。この当たり前のことがなぜか日本ではまったく考慮されず、憶測ベースで進む審理が虚偽DVの温床化を許しています」
骨抜きにされた共同親権制は女性の社会進出を「妨げる」仕組みになってしまった
「DVを主張することで親権や養育費が取れたり、相手を子どもに会わせなくて済む」仕組みそのものを変えてしまえば、虚偽DVを訴える必要がなくなり、おのずと子ども中心の離婚、つまり養育費と監護分担の取り決めを先に行い、あとで離婚が起きるという国際的に正しいステップに是正されると渡辺先生は言います。
「共同親権問題は、本来は女性の社会進出を助ける法律として審理されていたはずでした。しかしこの内容では、逆に女性はより働けなくなることを認識してほしいのです。諸外国のように離婚後共同監護を導入する仕組みであれば、離婚後も元夫婦が子育てを分担でき、共働きがしやすくします。しかし、日本で導入しようとする仕組みは真逆の仕組みです。今法案は『監護者』という概念に『監護権』と『居所指定権』を付与しました。『監護権』とは子どもを育てる権利であり義務、『居所指定権』は子どもをどこに住まわせるかを決める権利で、これらは親権の中核要素です。つまり、共同親権として親権者になっても、裁判所から『監護者』指定されなければ、事実上、親権がないのと変わらないことになるのです」
今回の政府案は表向き共同親権と言いながら、監護者に指定された片方の親に監護権と居所指定権を渡しており、欺瞞だと指摘します。
「何が起きるかというと、事実上、監護者指定された親が単独親権をもらうことになります。例えば、婚姻中、夫が裁判所に監護者指定の申し立てをひそかに行い、自分を監護者指定してもらえば、堂々と妻の目の前で子どもを連れて家を出て、止めようとしたら訴えることができます。妻を子育てから排除しても法的に何ら問題ありません」
つまり、子どもとずっと過ごしている主婦または主夫に有利な仕組みということですね?
「ですから、今後親権や監護権を取られたくない男性は、子どもが生まれた瞬間から育休をとり、奥さんを仕事に復帰させる一方で、自分が子の離乳食を作ったり保育園に連れていったりなどして監護実績をせっせと積むようになるでしょう。その上で、監護者指定の申し立てを裁判所にし、めでたく監護者に指定されたら、子どもを連れ去り別居を始めます。当然、奥さんと子どもは会わせなくても大丈夫です。妻はもはや監護者ではないので何を言われようと放っておけばよいのです。その状態を数年続ければ離婚できるようになります。離婚時に親権を妻と共同にする形にしたところで監護者は男性が持っているので共同親権は形ばかりとなります。このやり方は男女入れ替えても同じ結果になります。つまり、自分の子どもの子育てをずっと続けたいと思う人は監護実績を作らないとならないため、働いたらダメなのです。女性は働いている場合ではなくなりますよね。女性も監護者指定されたければ、出産を機に仕事を辞め、子育てに完全に専念しなければなりません」
今回の法改正により、後述しますが養育費だけは離婚時に一切の取決めがなくても親権者・監護者でない親から強制徴収できる仕組みになるのだそう。女性にとって一見いいことのように見える今回の法案ですが、実は、女性を子育てに閉じ込め、働くことなどもってのほかというような風潮を助長するのではないでしょうか、と渡辺先生は指摘します。
「子どもを出産後も仕事を続けたいと考える女性は、裁判所から監護者としての地位を奪われ、子育てから排除された上に、養育費だけは強制徴収されATM状態になります。世の中には、働く女性のヒモのようになって生活する子育て男性があふれることになるでしょう。女性が、子育ても仕事も続けたいのであれば、まったく子どもに関心のない、育児をしてくれない男性と結婚することしかなくなるという未来が待っています」
では、どうすればDVが「正しく罰せられる」ようになるのか?
聞けば聞くほど、今回の法改正は不条理な結果を招く気がします。特に不条理なのは、虚偽DVの問題です。この点、DVの事実認定がしっかりなされれば、DVが「正しく罰せられる」気がします。警察がしっかりと仕事をしないから虚偽DVが横行しているのでは?
「ところが、警察幹部の友人の話でも、すでに警察はDVで手一杯になっているというのです。というのも、当直の夜に、DVをされたとの電話がしょっちゅうかかってくるんだそうです。まるで誰かに指導されているかのように同じような主張がなされ、おかしいと思いつつも、その主張をそのまま調書に書かざるを得ないそうです。なぜなら、夜中に警察官が数人現場に行ってできることは、双方の主張を単に聞くことくらい。客観的な事実認定など全くできないからだそうです。昼間ならまだしも、夜勤時は人手が足りていません。今回の法改正により、裁判所が親権者を決定するためにDVの事実認定をするそうですが、警察ですらできないのに、捜査権ももたない裁判所の調査官らがどうやってやるのか。私には全くイメージが湧きません」
現場の警察官の負担が増えて困っているのは、DVに加え、児童虐待についての調書も書かされることがあるようです。
「児童虐待防止法が改正されて、子どもの目の前でDVをすると児童虐待になることになりました。この面前DVを調書に残すために警察が利用されています。子の目の前でお父さんがDVをしたと奥さんが主張すると、虐待疑いの調書も書かないとならない。この負荷が大変なものなので、このままでは現場がつぶれてしまうと警察が危惧しているのです」
裁判所は、今般の法改正を踏まえ、家庭裁判所の体制強化をしようとしているようです。
「言い方は悪いですが……虚偽DVの数はさらに増え、裁判所はまともな事実認定もできないのに職員ばかりが増える。制度の出来が悪いせいで社会がどんどん劣化していくのではと。警察に事実認定を代行させようとしても無理でしょう、逆に警察がパンクし、治安の悪化すら引き起こしかねません。そんなリスクを冒さずとも、そもそも虚偽DVを作るインセンティブをなくし、親権がDVで左右されないようにすれば済む話なのです。私はなにも極端で特殊なことは申し述べていません。欧米の人権規範からすればごくごく当然の話をしています。そうしないといつまでたっても親権獲得のためにDVが利用され続けます。虚偽が横行する仕組み的な背景を即刻止めないと、本当にDV被害にあっている人たちがまったく救われないのです」
渡辺先生は、現実にDV被害にあっている人たちを救い、かつ虚偽DVもなくすため、第三者が介入する仕組みを整えることが大切だと考えています。
「DV解決のための最適解は安全な別居です。身体的DVは、別居してしまえば物理的に起きようがありません。別居は、DVなどがなくても、裁判所に事前に連絡することで、理由を問わず認めるようにすればよいと考えます。DVを理由としなくても別居できるようになれば、別居したいがためにDVを捏造する人は激減するでしょう。もちろん、本当のDV被害者も、DVがあったことを立証する必要なく別居できるので救われます。この仕組みこそDVを止める一番の特効薬です」
もうひとつ、別居後ただちに子と別居親との交流を再開することを制度化することも重要です、と加えます。
「これは子の利益に適うだけでなく、『もう一方の親と子を会わせない』ためにDVを捏造するインセンティブをなくす効果もあります」
ですが、別居親と子を定期的に会わせることを義務付ける制度にすると、たとえば元夫婦の間で子を引き渡すためにDV加害者側に接触した際、DVが行われる恐れがないですか? 子どもが連れ去られて殺害された例もありましたよね?
「この点は、制度を整備し、DV防止支援員などの第三者が入り、子どもの引き渡しに関連することは支援員を通じて行うようにすれば危惧は解消します。もうひとつ、子どもにママとどこに住んでるのかと聞いたり、推定する質問をして聞き出すおそれがありますが、仮に元夫が住居を特定し、家にきて暴力行為を働く場合には、親権剥奪やストーカー規制法のような刑事罰を科せばよいと考えます。そのような制度設計をすることで、DV行為を防止しつつ、別居・離婚後の親子交流の継続を確保できます。夫婦の問題と親子の問題はまったく別の権利なのだという点は何度も申し上げます」
つづき>>>さらに、共同親権制の背後で「恐ろしい法律」が2つ施行されていた?「救われるべき人がまんべんなく被害を被る仕組みができている」
お話/渡辺やすゆき先生
総務省元官僚 、高槻市元副市長 、 那須塩原市元副市長。1972年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科公法学専攻修了(修士(法学))。米国コロンビア大学大学院修了(修士(国際公共政策学))。1998年総務庁(現総務省)入省、2004年内閣官房郵政民営化準備室参事官補佐(郵便局株式会社担当)、2007年内閣官房行政改革推進室参事官補佐(国家公務員制度改革担当)、2010年大阪府高槻市副市長・大阪府特別参与、2012年栃木県那須塩原市副市長。2015年から政策研究大学院大学准教授。