47歳で同窓会に行ったら「元カレ巡礼」が流行っていた! 現代の『舞踏会の手帳』状態はあるある? 

2024.10.31 LOVE

女子校育ちで車のショールームレディに

「私は小学校から高校までプロテスタント系の女子校に通い、大学も併設されていますが、私は他大学の英文科に進みました。中高時代、すぐ近くに中高一貫の男子校があり、地域の学生ボランティア活動などで一緒になることも多かったです。学校近くの塾に通うとその男子校の生徒も多く、自然と『初めての彼氏』はその学校の子が多く、同級生の元カレは顔見知りも多いです」

 

千佳さんは、大学卒業後に語学留学を経て、大手自動車会社のショールームレディに応募。契約社員として銀座のショールームで受付やPRの仕事に携わります。

 

「仕事は年単位の更新制で、若い頃はよかったんですけど、『ミスなんとか』的な雰囲気があり、28歳頃には退職しました。その後はイベントコンパニオンやリポーター、空港ラウンジでの接客、さらには銀座のホステスのアルバイトも経験しました。35歳で結婚するまで、迷走していた時期ですね」

 

千佳さんは35歳の頃、リポーターとして出演した通販番組で出会った3歳年下の映像制作会社社員・はやとさん(仮名・44歳)と結婚しました。

 

「本人には言えませんが、初めてデートに誘われた時は『若いし収入も低いだろうし、結婚はないかな』と思いました。私から見れば年収の少ない若者だし、向こうから見ればスレた年上女性…って。でも話してみたら話題が豊富で明るくチャーミング。気がついたら、一緒にいる時間が楽しくなっていました」

 

 

35歳で滑り込み「妥協婚」?

はやとさんは大手映像制作会社に常駐する形で働いていますが、立場的には子会社の社員。千佳さんの元カレたちと比べると収入に不安はあったといいます。

 

「私はテレビ局周りでリポーターの仕事もしてきたので、年上の名物ディレクターと不倫をしたこともありましたし、メジャーデビューしているミュージシャンの彼女だったこともあります。親に紹介されたプロスポーツ選手は一時期は本命だったんでしょう。まぁ、すぐ浮気されましたけど。付き合わないけど口説かれた相手も、外資証券や広告代理店、ベンチャー社長といった錚々たるメンツでした」

 

それでも30代も半ばを過ぎると、かつて口説いてきた男性陣も軒並み結婚したり内縁の彼女ができてしまい、滑り込むようにはやとさんと一緒になったという千佳さん。周りからは「妥協婚」と見られていたのではないかと、自虐しています。

 

「夫はごく普通のサラリーマン家庭の子供で、地方の情報系大学を卒業し、大手の子会社に新卒で入社した『大きな欠点がない』タイプ。誰にも反対されませんでしたが、誰も羨ましがらなかったですね。逆に彼に『こんな年上でスレた女でいいの?』と聞いたら、『声と喋り方がかわいい。俺、声フェチなんだ』と言われ、職業柄悪い気はしませんでした」

 

35歳で平均よりやや遅めに結婚した千佳さんは、新婚から妊活を意識しタイミング法を試し、37歳で第1子女児を出産。

 

「母子ともに健康で両家も大喜びでした。そして『私と同じ学校とは言わないまでも中学受験はさせたい』と思うと、私も働く必要性を感じました。テレビに関わっていたので興味もあり、妊娠中はカルチャースクールで映像編集ソフトの勉強をしました。今はツテをたどり、夫にも教わりながら通販番組の映像編集のパートをしています。在宅でできるので、子供が体調を崩しても融通がきいてありがたいです」

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