「手探り・ほぼ赤字」で始めた映画製作で、国際映画祭にノミネート。そして54歳のいま「作りたい」と切に願う作品とは
TOP画像:梅木さん(右)とシナリオライターの大津一瑯先生(中)、『虹色はちみつ』主演の辻千恵さん(左)
日々が飛ぶように過ぎていくなかで、自分のあり方に漠然と迷う40代・50代。まるでトンネルのように先が見えない五里霧中の状態ですが、そんななかでも「ほんのちょっとしたトライ」によって、自分のあり方を見つめ直すことができます。その「最初の一歩」として、何をすればよいのでしょうか。
ライター・野添ちかこがオトナサローネ読者にインタビューを行い、リアルな女性の人生を届ける本シリーズ。今回は、パソコン講師として働いていた梅木佳子(うめのきけいこ)さんが、自主制作映画の監督デビューを果たし、数々の賞を受賞。いまもなお走り続ける姿をご紹介します。
◾️梅木佳子さん
香川県在住、54歳。中学・高校の同級生だった夫と二人暮らし。一人娘は現在大学院生で、親元を離れ九州で暮らしている。
【私を変える小さなトライ#18】後編
学生時代、さまざまなクリエイティブ作品に触れたことが糧になる

2作目の『Lemon&Letter』が「ベルリン国際フィルムメーカー映画祭」でグランプリ3冠受賞
3作目の『はちみつレモネード』は編集作業中にコロナ禍に突入し、お蔵入りになってしまうのではと心配しましたが、半年後にオンラインの映画祭が開催され、無事に上映されました。
未経験からさまざまな作品を手がけることができたのは、学生時代の経験も関係しているかもしれません。
私は日本大学芸術学部の出身です。とはいえ、映画制作とは関係のない放送学科で、ニュースキャスターを夢見てマスコミ報道論やアナウンス実習などの授業を受けていました。制作系の授業は一切取っていませんでしたし、当時の同級生に「映画監督をやっている」と話すと驚かれます。でも、もしかすると「知らないからこそ挑戦できた」のかもしれません。
学生時代、脚本の授業を取っていた友人に「いい映画をやっているから行かない?」と誘われ、よく映画を観に行っていました。18歳まで映画館もないような環境で育った私にとって、学校帰り、毎日のように世界中の映画や演劇を観たり、オーケストラを聴きに行ったりするのは喜びでした。バブルの頃の東京は刺激的で、何もかもが面白かったですね。
「撮影も編集も手弁当でスタート。赤字でした」 次ページ
【注目の記事】
- 【6月19日金曜日19時~】「子どもが不登校になった親の気持ち、誰かと語り合いたい」。小説家・仙田学さんの「不登校ラジオ」始めます!
- バブルを経験した56歳女性が「田舎暮らしのほうが合うかも」と実感するようになった理由。東京と岡山の二拠点生活で気づいたこと
- 【ユニクロ】のイージーパンツで魅せる、こなれ感たっぷりな初夏のきれいめカジュアル【40代の毎日コーデ】
- 「お金のことを考えると離婚できない」高給取りの夫から25年間いじめ抜かれ、子どもたちは「パパはママに優しくないよね」と背中をさすってくれるけれど、先が見えなくて辛すぎる。どうすればいいの?【カウンセラーが見たモラハラ・リバイバル】
- 「カラダも気持ちも…今までとなんか違う」ゆらぎがちな40代、50代から始めた、編集部員のリアルなケア法とは?
スポンサーリンク
















