発達障害、グレーゾーン、不登校、非行など、さまざまな背景を持つ子どもたちと向き合う中で生まれた「子育ての技術」。きのぴー先生の新連載が始まります
「トラックを盗んだ小学生」「施設をたらい回しにされる子」児童自立支援施設併設校での3年間
みなさんは、「児童自立支援施設併設校」をご存知ですか?
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児童自立支援施設併設校とは、犯罪などの不良行為をしてしまった、あるいは、そのおそれがある子どもたち、家庭環境などの理由から、通常の生活が難しい子どもたちが、入所または通所しながら、生活指導・学習指導を受ける児童福祉施設に併設された学校です。
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簡単に言えば 「かなり厳しい状況を生きてきた子どもたちが集まる学校」です。
例えば
・親の顔を知らぬまま、施設をたらい回しにされる子
・家に帰りたいと懇願しても、親に拒絶された子
・小学生でトラックを盗んで運転する子
私はかつて、このような子どもが通う児童自立支援施設併設校に勤務していました。
そこはまさに、日々ハラハラドキドキの「戦場」のような場所でした。
この学校の子どもたちとの出会いがなければ、教育に熱中することも、教員を辞めて、現在の活動を始めることもなかったと思います。
この学校での経験と実践こそが、現在のSNS活動のきっかけです。
「教師は天職ではなかったかもしれない」。~施設で打ち砕かれた自信と挫折
私はこの学校に赴任するまで、教師という職業を天職だと思っていました。楽しい授業や雑談、時に厳しめの愛のある言葉。そんな塩梅をバランスよく保っていれば、コミュニケーション力さえあれば、教師という仕事はなんとでもなる。子どもや保護者からの評判もよく、天狗になりきっていました。
しかし、見事にそのすべてが打ち砕かれたのです。
・勉強なんてほとんどしたことがない
・警察なんて怖くない
・普通という言葉が通用しない
どんなに面白い授業をしても、どんなに情熱を込めても、子どもたちの心に届くことはなく、反感と反発で、私の心は真っ暗闇に覆われていきました。朝4時に起き、太陽を浴びるために散歩をし、5時には最寄りの銭湯のサウナで自律神経を整えてからでないと、学校に向かうことができないほどでした。あれほど天職だと思っていた教師という職業が、どんなにあがいても通用しない。
それもそのはずです。ここは、もともと在籍していた学校の素晴らしい先生方でさえ、向き合うことが難しかった子どもたちだけが集まる場所。いやがおうでも、自分の「在り方」が心の底から試される環境だったのです。問題は、子どもたちではありませんでした。私自身の「在り方」だったのです。
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