
「拾っちゃいかん」と言われた翌日、家の前にジャガイモの山が?原田ひ香が見つめた「食と暮らし、そして人間関係」
原田ひ香さんの最新刊『一橋桐子(79)の相談日記』は、ドラマ化も好評だった前作『一橋桐子(76)の犯罪日記』に続き、桐子さんが主人公。前作で「お金と老後」という切実なテーマで銀行強盗を企図した桐子さんが、今回は「限界団地の人間関係」に巻き込まれます。
私たちが生きていくさま、そのものをを描き抜く原田さんに、作品の着想源や創作の秘密について語っていただきました。
前編記事『『「普通の主婦が1000万円貯める」原田ひ香が描き出す、不倫でも殺人でもない「お金と女性」の背景事情』に続く後編です。
無類のくいしんぼ作家が教える「転勤先の各地で食べてきたもの」とは
――原田さんは北海道の帯広、シンガポール、大阪など様々な場所にお住まいだったそうですね。それぞれの土地での食の思い出について、実はこれがいいんだよというレコメンドをお願いできますか?
夫の転勤に付き添って、北海道、東京、シンガポール、大阪、また東京と3年ほどずつ移り住みました。
まず、北海道。帯広はね、本当になんでも美味しいんです(笑)。野菜や肉はもちろん、十勝港があるので魚も美味しくて、炉端焼きのお店も「魚千」はじめ有名店があります。ジンギスカンも名店がありますね、「有楽町」とか。
はちみつも取れるんですよ。帯広から釧路へ車で行く途中に「はちみつ」と書いてある素朴な看板があって、そこに入ったらおじいさんが蜂蜜を取っていて。一升瓶に詰めただけのはちみつが2000円くらい、今思うと国産の純粋はちみつで、そんな値段で売っちゃダメですよというような(笑)。シナ(菩提樹)だったかな、酸味があって美味しかったです。
山芋も取れますし、ジャガイモなんて収穫時の傷のものは道ばたにそのまま置き去りになっているほど。私がそれを拾って食べると言ったら「拾っちゃいかん」と近所の人に言われて、次の日に家の前にすごい量のジャガイモが置いてありました(笑)。麦、蕎麦、小豆、大豆、バター……これらが材料のお菓子も美味しいし、何でも美味しいです。
――北海道はそもそも空気からして美味しいですよね、いつでも行きたいです。他の都市はどうでしょう。
シンガポールは世界各国から集まる料理が美味しくて。日本料理だけは値段も味も知っているから高く感じてしまい、あまり美味しいと思わないけれど(笑)、庶民が食べるものはなんでも安くて美味しいです。
チキンライスのおいしいお店がいくつかありますし、「ヨントーフ (醸豆腐)」というおでんのような汁ものも記憶に残っています。練り物を出汁で煮てソースをかけて食べるもので、大統領が来店するお店もあるほどです。
大阪では天王寺あたりに住んでいましたが、地下に昔からの、昼間から飲めるお店がありました。それが『ランチ酒』(2017年)の着想になりました。
お魚屋さんがやっている居酒屋で、1000円くらいの刺身定食ランチにはいろんなおかずがついています。しかも、300円くらいで東京だったら1000円くらいするようなお酒が飲める。昼間からサラリーマンの人がビールを飲んでいたり、おじいさんおばあさんが飲んでいたり。東京とは飲む文化が違うなと感じました。
作るのも食べるのも大好きだけれど、天才はまた「別格」なものだと気づいた
――作品中にはあたかもレシピのような、そのまま作れる描写もよく出てきますが、お料理にもまた特別な思いを持って筆を進めているのでしょうか?
20代の後半に、今や有名な料理人の飛田和緒さんの料理教室に通いました。飛田さんがまだデビューしたばかりの頃で、東京のご自宅で料理教室をされていて。そのときの経験から「天才って全然違うんだな」と感じました。私は料理好きで、先生の本を見て真似して作るぐらいは上手だと思いますが、オリジナルの料理をどんどん作るような才能はレベルが違うんです。
飛田先生が一度、塩おにぎりを持たせてくれたことがあるんです。それは先生が自分で精米したお米を釜で炊いて、塩で握っただけのものでした。でも、本当に美味しかった。才能ある人は全然違うのだなと思いました。こんな天才が並みいる食べ物の仕事は無理だなと若いころに気づけてよかったです。そして、才能ある人がみるみる売れていく姿を間近で見られたのは勉強になりました。
更年期対策にヨガを始めるなら「マットは出しっぱなし」がおすすめですよ!
――食べ物のお話に関連してヘルスケアも伺います。オトナサローネは長い間更年期の啓もうにも取り組んできました。原田さんは現在54歳、どのように更年期を過ごされていますか?
婦人科には年に2回ほど通っていますが、特別な治療はしていません。私にとって一番つらいのは汗をよくかくことで、これは40代の初めくらいから15年くらい続いています。真夏はまだ冷房が効いているからいいのですが、5月や秋のまだ暑くない時期に汗だくになると恥ずかしくて。
一度、5月ごろの時期に書店回りをしたとき、サインを始めたらテーブルに汗がぼたぼた落ちたことがありました。相手の方もびっくりして何も言えないし、私も何も言えずに気まずい状況になったことがあります。カッとする感じの暑さでぽたぽたっというのが15年くらい続いています。
昔は夜も首の周りにすごく汗をかくので、Tシャツを近くに置いて何度も着替えたりしていました。今はガーゼのパジャマを着ていて、それが汗を吸ってくれているのかもしれず、快適な睡眠です。私、汗以外はそれほど症状がないのかなと思います。
――本当は「つらい、治して」と口になさってよい症状だと思いますが、投薬治療もノーリスクではないので、ご自身で折り合いがついているのがいちばんだ、というのが昨今の学会標準です。何か乗り越える対策をなさってきましたか?
夏は外出を伴う仕事は基本的にお断りしていることです。小説を書くことはもちろんしていますが、外に出る仕事はしないようにしています。
――最高だと思います!! そう、私たちも「更年期はがんばらないことがいちばんです」と何度も書いてきていますが、先駆者でいらっしゃいますね!
去年は大きな引っ越しをしたため、夏に3カ月ほど小説以外の仕事をお休みしましたが、それでなんとか乗り切れたので、更年期が終わるまではこの方法でいこうと思っています。
もう一つ続けているのはヨガです。長年続けているのですが、最近はベッドの隣のスペースに常にヨガマットを敷いてあり、知らないヨガのポーズやストレッチを見つけたらすぐに試せるようにしています。これがとってもいいの。最初はくるくる丸めて部屋の片隅に立てかけていたのですが、今は常に敷いています。
私は股関節を伸ばすポーズが好きで、仕事をして体が固まってきたなと思ったらストレッチしたり、ダウンドッグのポーズをとったりします。真っ黒のマットなのでインテリアとしても悪くなくて。1000円くらいで買えるので、ヘタったら買い替えればいいと思っています。
最新作で「限界団地」を舞台に高齢者、働き方、人間関係を描いた「理由」は
――さて、いよいよ最新作のお話を伺います。『一橋桐子(79)の相談日記』は限界団地の人間関係を描かれました。今回、団地を舞台に選ばれた理由は何でしょうか?
年を取って持ち家がない場合、特に年金ぐらいしか収入がないという状況では、年金で家賃を払いながら生活するのはなかなか厳しいものがあります。月々の年金支給額が10万円以下の人が全体の半分以上という統計もありますよね。どこかで働かなければいけない人も多いのが現状です。
持ち家ならギリギリやっていけるとは思いますが、体も思うように動かなくなってくるので節約するのも大変です。どこに住んで、どこで働くか、お金をどう得るかは大きな問題だと思います。
そういう時、団地やマンションの管理人さんという仕事の選択肢があると前々から考えていました。最近は60歳過ぎても再就職したり、同じ会社に残ったり、別の会社に行ったりと働くことが普通になっていますから、逆に管理人さんになる人が減っていて人手不足という話も聞きます。
駅前の物件はすぐに決まるけれど、駅から離れると難しい、なんて事情もあるようです。実際に管理人として働いた人の本を読むと「管理組合の理事長さんがよくわからない人を呼んで昼間から寿司を取って食べているが、このお金はどうなっているんだろうと思いながら黙って見ているしかない」なんて面白いエピソードもあって、これは小説になると思いました。
――まさに作中にも登場しますよね、理事長さんや、頑固なおじいさん、おばあさん、複数人で住む外国人。
団地には高齢者も多いので、老化や病気、借金、孤独死、暴力など老人が抱える問題が如実に現れる場所でもあります。前作では老人が関係する犯罪を描きましたが、今回はまた別の角度から描きたくて。
団地は今は老朽化が問題になっていますが、昭和30年代、40年代は非常に新しくておしゃれなもので、「憧れの団地生活」だったと思います。システムキッチンやお風呂が各家庭にあるというのが魅力でした。
今はタワーマンションがブームですが、30年、40年経てば団地と同じようになる可能性もあるんですよね。いや、団地はエレベーターがないので維持コストもそれほどかからないけれど、タワーマンションは修繕ひとつとっても莫大にコストがかかるので、むしろタワーマンションの方が将来的に難しい問題を抱えるかもしれません。
私はSNSやYouTube、ニュース番組を見ていて「なるほど」と思うことがあると、メモしておき、それを作品に生かしています。団地は老人が多く問題も起きやすいから描きやすかったということもありますが、こうしたテーマはこれから日本が抱えていく問題にも直結していると思います。
――ありがとうございます。「ハッピーエンドでもお腹に重たいものが残る」という冒頭の読者感想は、そうした社会問題を体温の伝わる日常として描き抜いたことで、「作品中では解決したけれどあなたはどうですか」と自分の実施を問われているように感じるからではと思いました。改めて本作を読み直してみます。
関連▶『『「普通の主婦が1000万円貯める」原田ひ香が描き出す、不倫でも殺人でもない「お金と女性」の背景事情』
『一橋桐子(79)の相談日記 』原田ひ香・著 1,925円(税込)/徳間書店
原田ひ香
神奈川県出身、54歳。1994年大妻女子大文卒。結婚後、北海道帯広市に移り住み、独学でシナリオ執筆をスタート。2007年に作家デビューし、『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞。祖母・琴子の言葉「三千円の使い方で人生が決まる」がキーとなる家族ドラマ『三千円の使いかた』がベストセラーに。
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