「あなたがされていることはモラハラです」見知らぬ女性客のひと言で、私は夫から逃げる決意をした

2026.09.26 LIFE

そんなある日、開店と同時に女性客が2人、店にやってきました。とても楽しそうにビールで乾杯し、夫の料理を美味しそうに食べていました。しばらくすると、いつものように厨房から夫の怒鳴り声が聞こえてきました。夫は誰にも聞こえていないと思っていたようですが、Hさんには、その女性客たちにも聞こえているはずだとわかりました。

「早く外に水茄子を取りに行け!」

Hさんはそう怒鳴られ、慌てて店の外へ取りに行きました。その後、女性客が会計を終え、Hさんが見送りのために店の外へ出たときのことです。

一人の女性が、そっと耳元で言いました。

「あなたがご主人にされていることは、モラハラですよ。つらかったら、相談機関に行ったほうがいいです」

そして、女性支援センターの存在を教えてくれたのです。もう夫に逆らう気力すらなくなっていたHさんでしたが、赤の他人が自分のことを心配してくれたことに、希望を感じました。

「私は、モラハラの被害を受けているんだ」

そのとき、ようやく気づいたのです。

数日後、Hさんは支援センターを訪ねました。そこで担当者から、

「今まで、つらかったですね」

と声をかけられた瞬間、Hさんの目から涙があふれました。夫に怒鳴られ、義母から責められる毎日の中で、泣くことさえできなくなっていたHさん。それまで張りつめていたものが一気にほどけたように、涙が止まらなくなったといいます。自分がどれほどつらかったのかを、初めて誰かにわかってもらえた瞬間でした。

 

相談を重ねる中で、Hさんは料亭の仕事を紹介してもらいました。7年間、夫の店で接客を続けてきた経験があります。その料亭には寮もあり、そこで働くことができれば、息子と二人で暮らしていくこともできます。

 

勤務は朝から夕方まで。息子を学童に入れれば、夜まで店に立ち続ける生活からも離れられます。

仕事がある。

住む場所もある。

息子と二人で生活できる。

それまで「夫のもとを離れたら生きていけない」と思っていたHさんに、初めて現実的な道が見えてきました。

 

そしてHさんは、夫に離婚したいと告げました。

夫は激怒しました。

「お前みたいなバカが、何ができるんだ」

「お前なんて、一人じゃ何にもできないくせに」

「店はどうするんだ!」

そう怒鳴り、Hさんを殴ったのです。

 

これまで何度も怒鳴られ、否定されてきました。それでもHさんは、ずっと耐えてきました。しかし、殴られたことでHさんの気持ちは決まりました。

もう、この家にはいられない。

夫が店に出ている昼間、Hさんは息子を連れて家を出ました。

いわゆる「昼逃げ」です。

 

夫には行き先を知らせず、必要な荷物だけを持って、紹介されていた料亭の寮に入りました。7年間、夫の店を支え続けたHさんが、初めて夫のいない場所で生活を始めたのです。

 

料亭で働き始めて、Hさんがまず驚いたのは、誰にも怒鳴られないことでした。仕事をすれば、「ありがとう」と言われる。わからないことを聞けば、普通に教えてもらえる。失敗しても、人格まで否定されることはない。そんな当たり前のことを、Hさんはいつの間にか忘れていました。

「誰にも怒鳴られない一日って、こんなに穏やかなんですね」

Hさんは、そう話してくれました。

 

夫から何度も「お前には何もできない」と言われ続けてきたHさんは、少しずつ自信を取り戻していきました。

 

「お前には何もできない」と思わせることで、妻から自信を奪い、自分のそばから離れられないようにする。これも、モラハラによる支配のひとつです。

現在、Hさんは離婚調停中です。

これからどうなるのかは、まだわかりません。

それでもHさんは、

「私は大丈夫」

と笑顔で答えてくれました。

離婚調停の行方には不安もあります。それでも今のHさんには、働く場所があり、息子と安心して暮らせる場所があります。仕事が終われば、学童へ息子を迎えに行き、

「今日、学校どうだった?」

そんな話をしながら、二人で家に帰る。その時間が、今は楽しみなのだそうです。

 

休みの日には息子と出かけることもできます。夫の顔色をうかがうことなく、自分のために時間を使うこともできます。

「これからは、自分を大切にしていきたい」

そう話すHさんは、夫と一緒に暮らしていた頃の生気のない表情とはうって変わり、いきいきとしていました。

その目は、明るく輝いていました。

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