「ねえ、笑ってごまかさなくても大丈夫だよ」友人のひと言で、はじめて「私は悪くないのかも」と思えた日
工務店を経営する夫から、何度も「少しだけ」とお金を貸してほしいと頼まれてきたRさん。夫を助けたいという思いから貸し続けた結果、結婚前からの貯金はほとんどなくなりました。
返済を求めた夜、ついに平手で頬を打たれます。しかも、その場面を子どもに見られてしまいました。それでもRさんは、「私がしつこく言ったから、怒らせたんだ」と、自分を責めようとしていました。
そんなRさんが少しずつ変わっていくきっかけになったのは、ある人の言葉でした。
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平手打ちされた翌朝、夫は平然としていて
翌朝、夫は何事もなかったかのように、「朝飯、まだか」と言いました。謝罪もなければ、昨夜のことに触れようともしません。朝食の準備をしながら、Rさんは、心の中で繰り返し自分に言い聞かせました。
「私がしつこく言ったから、怒らせたんだ」「もう昨日のことは言わないほうがいい……」
壁に押しつけ、平手で打つ行為は、明らかな身体的暴力です。お金の返済を求めたことが、暴力を振るっていい理由になるはずはありません。それなのに、なぜRさんは自分を責めたのでしょうか。
夫が自分の意思で暴力を振るったと考えれば、
「またいつ暴力を振るわれるかわからない」
という強い恐怖が生まれます。
しかし「私が怒らせたからだ」と考えれば、
「次は自分が気をつければ防げるかもしれない」
と思うことができます。
自分ではどうにもできない恐怖に直面したとき、人は「自分の行動を変えれば避けられる」と考えることで、何とか状況を理解しようとすることがあります。Rさんも、自分が悪かったのだと思い込むように努力し、何事もなかったように生活を続けました。
お金を返してくれない。暴力も振るう。それでもRさんは、離婚を考えることができませんでした。「世の中には、もっと大変な人がいる」「私が我慢するしかない」そんなふうに、何年も自分に言い聞かせてきたのです。
短大の友人たちの集まりに参加して
ある日、短大時代の友人たちが開いた「離婚報告会」という集まりに参加したときのことです。友人の離婚話を聞いているうちに、気持ちがほぐれ、Rさんは初めて、自分の夫婦生活について他人に話しました。
貯金がほとんどなくなるまで、夫にお金を貸したこと。両親にまで借金を頼むよう言われたこと。返済を求めると責められること。そして、暴力を振るわれたこと。
初めて、言葉にしたのです。それでも話しながら、笑って「夫も仕事が大変だから……」と、つい夫をかばってしまいます。
友人たちは黙って話を聞いてくれました。そしてRさんが話し終えると、
「よく頑張ったね」
「この中で、あなたがいちばん大変だったと思う」
「それを話すときに、笑ってごまかす必要はないよ」
と声をかけ、背中をさすってくれました。
その瞬間、Rさんの目から涙があふれました。夫に何かを言えば、いつも「お前が悪い」と責められてきました。でも友人たちは、誰もRさんを責めませんでした。
モラハラを受け続けると、相手の言葉がいつの間にか自分の判断基準になってしまうことがあります。何か問題が起きるたびに、「私の何が悪かったんだろう」と自分の落ち度を探し、相手の行動がおかしいとは考えにくくなっていくのです。
友人たちの言葉を聞いて、Rさんは初めて、
「夫がしていることは、おかしいのかもしれない」
と考えられるようになりました。お金を返してほしいと言ってよかった。親に借金を頼みたくないと断ってよかった。夫の言うとおりにしなかったからといって、責められたり、殴られたりしていいはずはない。友人たちと話したことで、Rさんは少しずつ、そう考えられるようになっていきました。
「私が悪いから、こんな暮らしになったわけじゃない」
そう思えたことが、これからの生活を考えるきっかけになったのです。
Rさんは姉の助けを借り、結婚8年目に子どもを連れて家を出ました。
別居してからも、何かを決めようとするときに「夫なら、何と言うだろう」と考える癖がなかなか抜けなかったそうです。それほど長い間、夫の機嫌を気にしながら暮らしてきたのです。
離婚調停を経て裁判へ進みましたが、夫は最後まで「離婚したくない」と言い続けました。別居から約1年半後に和解が成立、貸したお金とは別に、慰謝料と養育費についても支払われることになり、結婚18年目にようやく離婚が成立しました。
「あのとき、友人に話してよかった」
Rさんは今、そう振り返ります。Rさんが夫にお金を貸したのは「困っている夫を支えたい」「家庭を円満にしたい」そんな思いからでした。問題だったのは、借りたお金を返さず、返済を求める妻を責め、さらには暴力まで振るった夫の言動です。
夫の気配に怯えるようになっていた子どもにも、別居してからは笑顔が戻ったと言います。
「これからは、子どもとふたりで安心して暮らしていきたいです」
自分が働いて得たお金を、自分と子どもの生活のために使う。夫の借金や機嫌に振り回されてきた長い年月を経て、Rさんはようやく、自分と子どものこれからの暮らしを、自分自身で考え始めています。
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