もしあなたが「幸福感」なく毎日暮らしているなら。住職が明かす幸せの正体

「幸せに至る道はない、幸せこそ進むべき道なのだから」。こんな言葉をマインドフルネスの現場で聞きました。

なるほど、幸せは目標ではなくて、実際に今が幸せだ、ということを感じたり行動することなんだと、その時は思いました。

それって、ありきたりだけど、空気の中にいるのに空気に気づかないで生活しているようなものなのかなと思います。

そう考えると、やはりマインドフルネスは、呼吸を観察することが基本ですが、これも幸せと関係しているんですね。

 

今の感覚に集中してみる

まず、復習です。坐禅(またはマインドフルネス)のときは、背筋を伸ばして座って、肩の力を抜き、目を伏せて、呼吸を数えます(マインドフルネスの時は、目を閉じます)。

その時に、座っているところの感覚とか、喉のあたりの感覚とか、頭の活動の様子などを観察します。

嫌なことも忘れる

集中力を養う

発想力がよくなる

「今の感覚」に集中することで、これらの効果が生まれます。

 

あの方が挙げる幸せの条件

最近、堀江貴文氏のインタビュー記事を読みました。堀江氏が幸せの条件にあげたものは「没頭力」でした。何かに没頭すると好きになる。没頭せずに何かを好きになることはありえないし、はまることで幸せを感じるそうです。

私は、この「没頭すること」と、マインドフルネスや座禅で「今の自分に集中すること」は、ほぼ同じ現象を指しているのではないかと思います。

ただ、注意したいのは、没頭している時に呼吸が浅くなっている人、もしくは、呼吸するのを忘れている人。これは過度の緊張状態なので、長続きしません。

自然な呼吸で、集中力を高めて没頭していきましょう。

 

不安は考えたって解消しない

さらに、没頭することで忘れられるのが、「不安」です。

千羽鶴などを折るなどの例にもあるように、病気という心配ごとを、みんなで千羽鶴を折ってプレゼントすることで安心に変える。

また、葬儀を経験するとよく聞くのが、「葬儀が終わって、忙しくなくなって、初めてとても不安になりました」という会話です。これも没頭することの大切さを表しているのではないでしょうか。

そして、不安はいくら考えたって、1人では解決しません。

 

達磨大師と弟子の慧可大師の話にもありますが、慧可が達磨に「不安でしょうがない」と訴えたら、達磨が「なら、その不安とやらをここに出してみろ」と言いました。結局、慧可が「その様なものは出せません」、と言ったら、「ありもしないものに何を気を揉んでいるのだ」と言われたそうです。

 

明治まで、「幸福感」は、「安心」だった

仏教用語としては、「あんじん」と読みますが、これが幸せということでした。皆と仲良く生活して、飢えることもなく、凍え死ぬこともない。宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」みたいな感じです。

 

現代においては、仲間も居て、健康にも心配なく、仕事上の問題もないと思われるでしょうか。

 

私は、少し違うと思います。

 

堀江氏の言葉を借りれば、仲間と意見が合わなくても、健康に心配があっても、仕事でつまづいても、いいんです。生きるってことに没頭していれば「安心」は、得られます。不安なんて感じることのない、心境を得られます。

 

そして、たまには寺に寄って坐禅をするのもよいかもしれません。

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