「こんなモラハラくず夫、いなくなればいい」だが夫が不倫の詮索を始めると【不倫の精算#56】後編
後ろ指をさされる関係とわかっていても、やめられない不毛なつながり。
不倫を選ぶ女性たちの背景には何があるのか、またこれからどうするのか、垣間見えた胸の内をご紹介します。
▶【この記事の前編】『その不倫は「モラハラ夫を一瞬でも忘れたい」切実な気持ちで始まったのに』の続きです「なぜ突然、そんなこと聞くの…」モラハラ夫が誰といるのか詮索を始めた
その日、Mさんから着信があり出てみると、
「何か、ヤバいみたいです」
とうろたえた声が聞こえてきた。
どうしたのか尋ねると、
「二週間前なんですけど、日曜日に彼と会っていたら夫から電話がかかってきて、出なかったんですよね。
何か用事があるなら留守電に入れるだろうと思っていたら何度もかけ直してきて、彼が気にするから仕方なく出たら、
『お前、いま何処にいるんだ』
って。
こんな連絡は初めてだったので、心臓が止まるかと思いました」
「友達と会っているって答えたら、『だから何処にいるんだ』って私の話は無視してしつこく聞いてくるんですよね。
それに腹が立って、市外のカフェにいると答えて切りました。
まさかとは思ったけど、このときは私が一人で先にホテルを出て、彼とは時間差で帰りました」
早口で答えるMさんには、今まで見てきた夫を小馬鹿にする余裕はない。
突然の連絡に居場所だけを執拗に尋ねる様子は、不倫がバレた可能性を考えるだろう。
「大丈夫だった?」
「はい、帰ったらいつもそのまま自分の部屋に行くので、夫はリビングにいたけど会ってないです。
何か言ってくるかなと思ったけど結局話しかけてこなくて、そのときはほっとしたけどこの間の日曜に出かけようとしたら
『どこに行くんだ』
って玄関まで出てきて」
Mさんの早口は止まらない。
このとき、Mさんは不倫相手の彼と行く予定だったイタリアンのお店の名前を告げた。
とっさのことで嘘をつく時間がなく、「一刻も早くその場を離れたかった」のだという。
夫はそれを聞いて何も返さず、無言に耐えられなくなったMさんは玄関を開けた。
その日は彼と別のお店に行ったが、ずっと気がそぞろでホテルに行く気が失せてしまい、体調不良を理由に彼とは食事をしてすぐ別れたそうだった。
そんなことがあっても「仮面夫婦」なことには全く変わりがなく
不倫している側にとって、配偶者の「突然の変化」ほど恐ろしい瞬間はない。
仮面夫婦状態の妻が週末に向かう先を質問するのは、決して仲の修復だの心配だのではなく、「監視」のように思えた。
居丈高な態度で聞いておいて妻が答えたのに次の言葉がないのは、質問自体が威圧であって「自由に過ごすのは許さない」と暗に伝えている気がした。
当然それはMさんも感じており、
「家のなかで何か不倫に感づく証拠を見つけたのかもしれない」
「誰か知り合いが私がホテルに入るのを見て、夫に報告したのかもしれない」
と、ネガティブな可能性ばかり口にしていた。
何より気が滅入るのは、そんな夫を見ても「どうしたの?」などこちらから歩み寄っていけないことで、何を掴まれているのか、もしくは不倫とはまったく違う何かがあるのかを確認できない状態だった。
仮面夫婦だからこそ、配偶者の様子がおかしくなっても今までの接し方を変えることができず、不安や焦燥を抱えたままで過ごすしかない。
あれから数日経ち、夫はそれ以上Mさんに言葉をかけることはないそうだが、何を考えているのかわからない不気味さは募りばかりであり
「今週末もまた玄関まで追いかけてくるのかしら……」
とMさんは大きなため息をついた。
大人しくするしかないんだよ。だって、わかってるでしょ、不倫なんだもの
Mさんを縛る「不倫がバレた可能性への不安」は、
「バッグやクルマにGPSの装置を付けられていないか」
「電話を盗聴されていないか」
「探偵に尾行されていないか」
など、考えはどんどん極端な方向に走っていった。
「モラハラ夫を見下すため」と他人に言いながら不倫しているので、万が一知られたとなると大恥をかくのは自分なのだ。
「嫌いな夫に不祥事の尻尾を掴まれるような自分」は、耐えられないだろう。
「待って、思い詰めたら逆にボロが出るから、今は落ち着いて」
それが夫の狙いかもしれない、と思いながら強い口調でそう言うと、はっとしたように息をのむ気配がした。
「……」
「バレたって確信はないんだよね?
だったら、変に身構えずにいつも通りに過ごすのが一番だと思うよ。
彼とはしばらく会わずに、外出してもほかの人と会うとか買い物するとか、大人しくするのがいいと私は思う」
ここで態度を変えて警戒していることが夫に伝われば、自分が妻に及ぼす影響に味をしめた夫がさらに威圧を強くする可能性もあった。
今は不倫相手を遠ざけることが最優先であり、自分を守るには窮屈な思いをしても我慢するしかない。
「そうですね……」
こちらの意図が伝わったらしく、Mさんの頷く声には焦りとは別の納得した響きがあった。
夫もカレも自由でいるのに、でも私だけ身動きが取れないだなんて
Mさんはその後もひとしきり「不倫バレ」への不安と夫への嫌悪を吐き、
「しばらく彼とは会わないようにします。
また話を聞いてくれますか?」
とすがるように尋ねてきた。
もちろんOKと答えながら、不倫相手の彼とはこのまま疎遠になるかもな、とちらりと考えた。
会えなくなると、「変わらない関係」を求める不倫相手はつながりを持ち続ける意味をなくすだろう。
多少の情愛はあっても、Mさんが既婚である以上バレたら大変な目にあうのは自分も同じであり、そんな危険からはさっさと身を引くのが賢明だ。
「モラハラ夫に感づかれたかも」とははっきり言わないとしても、会わないだけで熱は冷める。
結局、窮屈になるのはMさんだけであり、モラハラ夫も不倫相手も、Mさんから見れば「自由」だ。
どれだけ夫を嫌おうと、見下す目的で不倫をしていても、バレてしまえば悪いのはMさんであり、モラハラや仮面夫婦の言い訳があっても「なぜ離婚しないのか」と問われたら詰まる。
夫の態度の意味は想像するしかないが、ポジティブな関係を築けないことは、この先もこうやってMさんを苦しめるだろう。
それが不倫の現実なのだと、スマートフォンの向こうで押し黙ったMさんの浅い息遣いを感じながら思っていた。
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