『美しい彼』原作者・凪良ゆう、ドラマ・映画のヒットで我が子を見守る親の気持ちに
凪良ゆうさんの大人気小説を原作に、萩原利久さん、八木勇征さんがW主演を務めたドラマ『美しい彼』の続編となる『劇場版 美しい彼~eternal~』(公開中)。劇場版では、クラスカーストの最底辺の平良と頂点の清居という、対象的な立場にいるにもかかわらず強く惹かれ合った二人のその後の物語が描かれます。
先日『汝、星のごとく』で、昨年映画化された『流浪の月』以来、2度目の本屋大賞を受賞した凪良さんに『美しい彼』の執筆裏話や映像になった『美しい彼』のお気に入りポイント、BL小説への想いについてお話を伺いました。
「気持ち悪い攻めが好き」という欲望から生まれた物語
――『美しい彼』は原作の「あとがき」にもあるように、凪良先生自身が「読みたいもの」「見たい世界」を描いた物語とのことですが……
凪良ゆうさん(以下、凪良)「そうですね。私が気持ち悪い攻めが好きで、それを書きたい。ただの欲望から生まれた話。本当にもう、それだけなんです(笑)。平良が描きたくて書いたお話です」
――どうしても描きたかった平良。その相手となる清居はどのようにできあがったのでしょうか?
凪良「平良がかなりクセのある人物なので、対する相手が普通の子だと負けてしまうし、物語的にも弱くなってしまいます。でも、あまりにも平良の気持ち悪さが勝ち過ぎてしまうと、読者さんに不快感を与えてしまうので、平良の気持ち悪さが一番いい感じで伝わるようにと考えました。平良に負けないくらいクセの強い子を出すしかないと浮かんだのが清居像。刺々しいばかりにならないよう共感できる部分を入れて、物語としてのバランス重視で作っていきました」
――キャラクターは最初からある程度固めた形で書き進めるのでしょうか?
凪良「書いているうちにちょっとずつ変わっていく部分はあります。平良も最初はもう少し気持ち悪かったはずです。単に気持ち悪い人として書かれているだけでは、商業では無理なので、読者さんに共感してもらえるように、『こういう気持ち悪さだったらアリだな』と考えながら書いていきました」
――あとがきを読むたびに「平良はそこまで気持ち悪くはない」と思えるのは、共感できるように作ってくださっているからなのですね。
凪良「はい、それは作家の腕ですね(笑)」
――読み手として改めて感謝いたします(笑)。映像化の際には基本、制作側にお任せするそうですが、『美しい彼』も同じスタイルだったのでしょうか。
凪良「はい、基本はお任せです。ただ、今回は『美しい彼』というタイトルなので、そのタイトルを裏切らないキャスティングにして欲しいとはお伝えしました。唯一と言っていいリクエストが一番高いハードルだったと思います」
――美しさにもいろいろありますが、そこは指定されたのでしょうか?
凪良「そこはお任せです。『流浪の月』のときもキャスティングや脚本にはほぼ口出ししていません。今回の場合は担当さんをとても信用しているので、担当さんがOKだと思ったら、私に確認しなくて大丈夫とお伝えしていました」
――信頼度は十分に伝わりますが、かなりのプレッシャーかと……。
凪良「だと思います(笑)。キャラ造形に関わるものが出てきたときには確認が来たのですが、最終的にはお任せでした。信用している人がいるという大前提があるから口出しをしなかっただけ。間に担当さんがいなかったらめちゃくちゃ口出ししていたかもしれません。ずっと長く組んでいる担当編集さんなので『美しい彼』の世界観は私と同じくらい分かってくれています。わざわざ私が言うことはないかなって」
――素晴らしい信頼関係ですね。
凪良「『流浪の月』も、李監督が作る作品が好きだったので何もリクエストをしませんでした。李監督が作る作品に信頼があったからです。お任せする際には信用・信頼をすごく大事にしています」
唯一の条件はタイトルを裏切らないキャスティング
――担当編集さん、そして制作サイドとの信用信頼がある中で出てきたキャスティングはいかがでしたか?
凪良「最初に見た時に『はっ!』ってなりました。あまりにも二人が絵になり過ぎていて言葉が出なかったです。『美しい彼』というタイトルを全く裏切っていませんでした。ビジュアル発表でのみなさんの反応でも『これでよし!』と確信できました。映像化が決まった時、清居ができる人っているのかなという声もあったし、私も『どうなんだろう』という不安はありました。でも、ビジュアルの時点でこれ以上のものはないし、映像になって第1話を観た瞬間に私はもうドラマ『美しい彼』のファンの一人になってしまいました。キャッキャしながら楽しんでいましたし、安心も感じたというか……」
――信用、信頼に安心が加わったと(笑)。
凪良「そうなんです。何も裏切られることなく進んでいった感じです」
――こんなに繊細で難しい作品なのにとてもスムーズに映像まで進んだ印象です。
凪良「酒井監督、脚本の坪田さん、プロデューサー。この3本柱がしっかりしている制作チームだからなし得たことだと思っています」
――ドラマ「美しい彼」はいちファンとして楽しめたとのこと。映像での平良、清居のお気に入りポイントを教えてください。
凪良「シーズン1のトマトジュース事件。平良が怒りながら階段をのぼっていく時に、影だけがマシンガンを担いでいるシーンがあります。あれは小説ではできない演出なので素晴らしいと思いました。俳優さんの細やかな演技は小説にはない要素なので、全体を通して素晴らしいと思うところはたくさんありました」
――日本はもちろん、世界、特にアジアで熱狂的な人気に。反響をどう受け止めていらっしゃいますか?
凪良「すごいですよね。これはドラマ『美しい彼』の功績であって、私の功績ではないので……」
――生みの親です(笑)。
凪良「でも本当に、一歩引いたところから『すごいなー』って思いながら見ています。確かにうちの子だけど、とっても素敵に成長して、実家を出ていき華々しく活躍しているような感覚。盆とか暮れにも帰ってこない、立派になった息子たちをお茶の間でテレビを通して観ている親のような気持ちです」
――「帰ってこない」って面白いです。
凪良「一抹の寂しさもありつつ、でも喜びの方がはるかに大きい。本当に我が子が活躍しているのを遠くで見守る親の気持ちに近いんだろうなって思っています」
映像の平良は一段男っぽく、清居はヒロイン味が強くなる
――その大活躍の息子たちについて伺います。「気持ち悪い攻め」は映像になって、先生の好きな気持ち悪さになっていますか?
凪良「私の好きな気持ち悪さって言われると、笑っちゃうけれど(笑)。萩原さんはとにかく演技が上手。しっかりとしたお芝居をされる方という印象です。平良はとても難しい人格で、内部複雑骨折しているかのように内側が何重にも畳折られている感じ。映像は小説と違って長々と説明できないし、言葉を雄弁に話すキャラクターでもない平良を目線や表情やセリフまわしで端的に伝えなければいけない中で、解像度高く演じてくださいました。いい感じに気持ち悪かったです」
――特にお気に入りの平良のシーンはありますか?
凪良「映像になると原作よりも平良は一段男っぽくなり、清居はヒロイン味が強くなります。お気に入りは平良が清居の写真を持ってベッドの中に潜り込むシーン。あの演技はすごかったです。見せないけれど、何が起きているのか如実に分からせてくれる酒井監督の演出と萩原さんの演技力があってこそだと思います」
――タイトルの「美しい」を納得させなければいけない、映像での清居はいかがでしたか?
凪良「八木さんは演技は今回が初めてとお聞きしていましたが、萩原さんは演技派、八木さんは体当たりでエモーショナルに演じて下さる方という印象を受けました。清居なのか八木さんなのかという渾然一体とした感じのピュアさが映像に表れていて、あてがきをしたのかと思ってしまうほどハマっていました。ビジュアルは文句なし、そこにピュアでストレートな演技がプラスされて、すごくよかったです」
――平良に思いを寄せる小山も原作とはひと味違った魅力を感じました。シーズン2で登場し、劇場版でも活躍するカメラマンの野口も素敵です。
凪良「小山には恋愛絡みで一番重いものを背負わせてしまいました。すごく恋に素直で積極的な子だけど、恋した相手が悪かった。変人に恋をするとこんな風に悲しいことになるという(笑)。私は関係性を見ながら『この人にはこの人かな?』と合わせていくやり方。野口の場合も平良のお師匠さんになる人はこうだろうなって感じで。でも感覚と言いながらも、頭の中ではきっちりバランスは取っていると思います」
――小山には幸せになって欲しいです。
凪良「ドラマの小山は、原作より数段男らしくて、いい男でしたよね。悲しい思いをしているのに器の広さがあってよかったです。小山は幸せになるべき人だと思いました」
手厳しさも感じる場所だけどBL作品はホーム!
――長く携わってきたBL作品への思いをお聞かせください。
凪良「実家です。10年以上やってきたジャンルなのですごく愛しているし、落ち着きます。私も含めてですが、BLの読み手のみなさんは好みが細分化され、落ち着くけれど手厳しさも感じる場所ではあります。由緒正しき文学少女派生のようなところがあって、鋭い意見を言われる方もすごく多いんです。いただいたご意見には『なるほど』と思うものもあり、いまだに勉強させていただいています。ただ、ホームだからこそもうちょっと自由に書けるジャンルになればいいなという思いもあります」
――自由とは?
凪良「ボーイズラブにはお作法もあるし、ハッピーエンドが好まれます。ハッピーエンドじゃないBLは指で数えられるくらいしか読んだことがなくて。書き手としてはハッピーエンドじゃないものもいいなと思っていて。でも、私も腐女子なので求める気持ちも分かるし、読み手になればめちゃくちゃ選り好みをして気持ち悪い攻めを選んでいるので、なんとも言えないところではあるのですが(笑)」
――読み手の気持ちのお話が出たところで。平良と清居をこの先も見ていたいというファンの声も届いているかと思います。今後の二人の物語、ゴールは決まっているのでしょうか?
凪良「すでに雑誌で1冊の半分くらいは発表済みなので、確実に1冊分の二人の物語は決まっています。『美しい彼』は2冊目以降が書けるほど売れるとは思っていなかったし、私自身も気持ち悪い攻めを1冊書かせてもらえたら十分という気持ちでいました。なのに、また書かせていただけるなんて本当に驚きです。そういう経緯もあって『美しい彼』に関してはシリーズとしてのゴールは決まっていませんが、次の1冊のゴールは決まっていて、プロットもちゃんと出来上がっている状況です」
『劇場版 美しい彼〜eternal〜』
■公開中
■出演:萩原利久、八木勇征、高野洸、落合モトキ、仁村紗和、前田拳太郎、和田聰宏 ほか
■配給:カルチュア・パブリッシャーズ
©︎2023 劇場版「美しい彼〜eternal〜」製作委員会
■プロフィール
凪良ゆう
京都市在住。2007年に本格的デビュー。BLジャンルでの代表作にドラマ化や映画化された「美しい彼」シリーズなど多数。20年『流浪の月』で本屋大賞受賞。同作は22年に実写映画が公開。20年刊行『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。22年刊行『汝、星のごとく』で第168回直木賞候補、第44回吉川英治文学新人賞候補、2022王様のブランチBOOK大賞、キノベス!2023第1位、そして23年、2度目となる本屋大賞受賞作に選ばれた。
取材・文/タナカシノブ
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