恵まれた主婦だったのに不倫に溺れ…。欲望の果てに「失った」その顛末とは(後編)
夫は優しいけど…。彼女なりの「穴埋め」は
自分の環境を「恵まれている」と口にできるのは、夫の年収の高さと問題を起こさず日々を送ってくれる子どもたちのおかげともいえるだろう。パート勤務に文句も言わず、その収入を妻が自由に使うことに何も言わない夫は、家事をやって家庭を支えてくれる妻への感謝があると感じる。それに甘えて陰で不倫をして、ばれたら大問題になることをやったのは、ゆり子自身なのだ。
これに懲りずマッチングアプリに手を出し、ふたたび不倫相手を求めたゆり子を見て、縁を切ろうかと考えたこともある。それを留まったのは、現実逃避しないと立ち行かないほど精神的に追い詰められていたゆり子の苦しみを知ったからで、自業自得とはいえ挽回のしようがない現実の重みに潰されそうになる気持ちは、理解できた。
不倫だけでも公にはできないことだが、その相手に夫婦で管理していたお金まで差し出していたなんて事実は、終わってからこそ失ったものの大きさを否が応でも伝えてくる。夫婦としての信用はもちろん、ありえない悪い一線を超えることができるその人間性の低さは、ゆり子自身の自尊心を蝕み、その現実に導いた不倫相手を恨む気持ちはなかなか消えない。
「穴埋めはしているのよ」
とゆり子は続けて、ふたたびカップに手を伸ばした。夫に言わず残業の時間を増やし、得た収入を貯めているのは聞いていた。夫婦の口座に戻せばその痕跡が夫の不審を買うかもしれず、いざとなったら「へそくりしていた」と言い訳ができるよう考えた苦肉の策だった。
「うん、それでいいじゃない、もう」
同じようにシフォンケーキの乗った皿を引き寄せながら言うと、「もったいなかったわよね」とまたゆり子の口から漏れるのが聞こえた。もったいないなんて余裕のある表現は合わないが、転勤の辞令が下りた途端に自分との関係をあっけなく捨てて音信不通にするずるい既婚男性には、自分が渡したお金の価値は高いのだと思いたいのだろうと思った。
人に言えない関係だからこそ 次ページ