ケンカしている暇なんてない。家族・社員・酒蔵を守るために、「手放したもの」と「新たに得たもの」
ケンカしてる暇なんてない。苦境でも冷静でいられた理由とは……
家族に感謝しながら、地震直後の日々を振り返るしほりさん。一方で、若女将を務める「数馬酒造」は地震で大きな打撃を受けていました。社長でもある夫、社員、全国で商品を待つお客さま……多方面に気を張って対応する日々をどのように乗り越えたのでしょう。
「職場はお正月休み中で人的被害こそなかったものの、建物は傾き、壁面は崩れ、保管中の酒瓶も800本以上破損しました。蔵の中ではタンクが倒れ、津波の影響で床は汚泥だらけ。これを掃除しようにも、断水状態で思うように身動きは取れません」。
「その状況下で、私たちは大きく3つのものへの対応を急ぐ必要がありました。その対象は、“社員”、“お酒”、“お客さま”。なかでも、状況を踏まえてまず大切にしたのは、社員らの生活安全です。
社長でもある夫は、考えるべきことも多く、ショックも疲れも大きかったはずですが、だからこそ『事実だけに目を向け、感情に振り回されない』ことを心がけ、冷静でいようとしていましたね」。
そんな夫・嘉一郎さんの姿にしほりさんも応えます。
「全国のお客さまや取引先からは、震災直後から多くのご心配やお問合せをいただきました。とても心強い一方で、被災した蔵への対応が山積みでしたから、ひとつひとつ丁寧に対応できる状況ではありませんでした。
そこで公式HPで、お客さまやお取引先にむけて、現在の状況について、できる限りの発信を続けました。現在は『復興レポート』としてまとめていますが、このレポートを通じて最新の状況や、私たちの奮闘をなるべくありのままの言葉でお話させて頂きました。
心を寄せてくださる皆さまへの感謝と、問合せ対応に奔走する夫の負担を軽くしたい思いもあり……私にできることを日々探しながら必死で奔走していましたね」。
多くの役割と責任を引き受けたしほりさん。ところが、キャパシティがパンクすることはなかったと当時を振り返ります。
「心がけていたのは、オンとオフをはっきり切り替えること。
普段とはまったく違う対応や思考を求められる毎日で、疲れが溜まることは自覚していました。ですから、しばらくの間は、会社全体で就業時間を午前中のみに短縮。午後は仕事をしない、と意識的に線を引くように決めたのが良かったと思っています。
夫は、会社のことを考えると気が揉めたでしょうけれど、一歩家に入れば2人の息子が甘えて、カードゲームに誘ってくるんです。それに付き合う夫の笑顔を見ると、余裕を奪われるどころか、スイッチをオフにしてくれる大切な時間だなと感じました。
いま思い出しても、間違いなく大変な時期ではありましたが……そういえばケンカするようなこともありませんでしたね。――というより、そんな無駄なことをしている暇がなかったということかもしれません(笑)」。
「私がやらなきゃ」を手放し、家族がチームに
こうして、体力と精神的なバランスをとっていたというしほりさん夫婦。仕事がままならないもどかしさの一方で、結果的に嘉一郎さんが家族とともに過ごす時間が増え、家族のカタチにも小さな変化が生まれたといいます。
「私は、もともと全て自分でやらないと気が済まないところがあるんです。そういう部分を、年齢を重ねながら少しずつ手放していこうとしていたのですが、あの震災を機に拍車がかかったといいますか……。家事も、自然に皆で手伝ってくれるように。
お風呂掃除は夫と子どもが協力して引き受けてくれるようになり、食器洗いの手伝いは夫が、洗濯物干しは子どもたちにお願いできるようになりました。
一人で引き受けていたら回らない状況で肩肘を張っていたのをやめた今、夫が補ってくれて、子どもたちも助けてくれる。――家族全体がチームになったような、そんな気がするようになりました」。
▶【後編】へつづく▶復興へ向けての日々。大変だった。でも、惨めではなかった。そして今思う、大切にしていることとは?__▶▶▶▶▶
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