「こんなことがSFではなく現実社会で起きる可能性があるだなんて」AIと生きる現代を作家原田マハはどう捉えたか?『本日は、お日柄もよく』特装版に寄せる思い
森美術館やMoMAで勤務したのち小説家に転身した異色の経歴の持ち主、原田マハさん。代表作のひとつ『本日は、お日柄もよく』がこのたび特装版で発売されました。同時に新刊『FORTUNE BOOK 明日につながる120の言葉』も発刊。「言葉」で強く結びつくこの2作に込めた思いを伺いました。
前編『「ぱりんと割れて言葉が出てくる」フォーチューンクッキーが書籍になるとどうなる?原田マハが『FORTUNE BOOK』に託した願いとは』に続き、後編では『本日は、お日柄もよく』<特装版>について。
TOP/原田マハさん(C)ZIGEN
SNS、AIの台頭。急激に時代が変わる中、言葉が持つ力はどう変わったのか
――『本日は、お日柄もよく』は2010年発売のロングセラーです。今回発売される「特装版」はどのような内容なのでしょうか?
いまどき珍しい赤い布張りのハードカバーです。装丁で担当編集者が長年の夢をかなえました(笑)。「布張りの豪華版を作りたい」とずっと言っていて。『お日柄~』は10年以上読み継がれ、文庫もボロボロになるまで読んでくださった方にもお会いしましたので、今回はボロボロになりません(笑)。同時に発売された『FORTUNE BOOK 明日につながる120の言葉』との関連も深いので、2冊のサイズを合わせ、『お日柄~』を赤、『FORTUNE~』を白と、紅白でおめでたく作りました。本当に人生は生きているだけでめでたいので、めでたさを体現するような2冊で自分の幸せを感じてほしいです。
特装版の巻末には特別にはこの3月に行われたトークショーの内容を収録しました。当初の発売から15年たったの今のことを考えると……いまのような世の中になると予見していたことはあまりないですね。
『お日柄~』を書いたときはSNSでの選挙運動はまだ禁止の時代でしたが、今となってはあの時のほうがよかったかもしれません。SNSに左右されてしまいますよね。このままAIがコントロールするようになったら、本当の意味での民主主義はなくなってしまうかもしれない、そんなリスク局面に全人類が向き合っているのだなと思います。
――AIは「なりすまし」の能力の面でも恐ろしいものがあるなと思います。まだまだダメなところもありますが、進化の速度がすごくて。
人間が言葉を扱う上の正念場ともいえる大変な時代がきました。その分だけ人間が発する言葉の重要性は増しているのだと思います。私はAIを否定していません。AIが短期間で人間に取って代わった部分もありますが、共存する方法はあると思っています。ですが、恐るべき速度でリアルな人間に近づいてくるにつれ、やがて悪意もコントロールされる瞬間がくるかもしれないと感じます。
私も試しました、「原田マハの小説に似たようなものを書いて」と現在のAIに頼んでもダメでしたが(笑)、しかし私の過去作を全部学習させたらAI原田マハができて、とてつもなく面白い小説を書く可能性もあります。そういう未来がすぐそこまできていますから、生身の人間はAIが思いつかないことをしないとなりません。
AIには『FORTUNE BOOK』を思いつくことはできないかもしれませんが、今年の120のメッセージをを書いてくださいといえば書いてくれるでしょう。この点でAIと勝負しても仕方ない。生身の人間である私が読者のことを思いながら、また自分をどう励ましたらいいのかを思いながら書いた、その「思い」の部分はAIにはできないことです。
これから3年後5年後はまた大きく変わることでしょう。その人の背景、人生、時間、経験、知識、思いがすべて詰まったその全史を学習させることは困難ですから、そうやすやすとは取って代わられないと思いますが、とはいえ人間は肝に銘じてがんばらないとなりません。
――そんな時代に言葉を使う恐怖感のようなものがありませんか? とりわけ『お日柄~』はスピーチライターが選挙戦を言葉の力で戦うお話です。
AIのように便利な部分と、とんでもないなという部分と、両方があるものは、普通はないと思うのです。すでに検索にAIが答えると驚くような誤情報が混ざってきますよね。政治的なことや社会を変え得ること、フェイクニュースなどが流布してしまったら、恐ろしいことになります。これは言葉を使う上でも注意しないとならないこと。誰かの悪意でネットワーク上にばらまかれた言葉の暴走は社会を混乱に陥らせる可能性がある、こんなことがSFではなく現実社会で起きる可能性があるだなんて。
言葉を扱う人間として、常に変化していく社会を考えなければなりません。結局のところ人間は、ひとときのフィクションでほっとなごんだりわくわくしたりする人の情感、人情の部分を作り続けていくしかないのですね。
『本日は、お日柄もよく 特装版』原田マハ・著 3,520円(10%税込)/徳間書店
人の「良き心」に訴えることが、「良きアクション」の種になる
――もう1冊同時に発売した姉妹本のような立場の『FORTUNE BOOK』も、言葉の力でアクションのきっかけを作るものですね?
『FORTUNE BOOK』は人がもともと持っている良き心、善良な心に訴えかける、心ある言葉を広げるためのものです。良いからこそ心は折れやすい。少し傷ついてしまった心に、ちょっと絆創膏を貼るようなものです。AIは傷つきませんが、人間は傷つく、その儚さ・脆さが人間のかわいらしさなので、それを否定しない。
傷ついた心は人を傷つけたくないと思うはずだから、言葉が人を傷つけるためではなく人を励まし得たならば、その言葉を誰かに伝えたくなるでしょう。人間は基本的にそういう生き物だと思います。
小鳥には小鳥の言葉があると言うけれど、言語化された言葉を持っているのは人間だけ。世の中を変えたり統制したり、悪い方向に向かう武器になったりすることもあり得ます。「言葉は魔物」と『お日柄~』にも書きましたが、言葉は人を傷つけることも癒すこともあり、使う人の心によって変わります。
『FORTUNE BOOK』は読む人の心の向き合い方によって言葉の意味合いが変わってきます。だから右ページがあけてあり、そこにあなたの言葉を書いていただけるといいなと思います。日々コレクションしているものを貼ってもいいし、書いた言葉を写真で友人に送ってもいい、私と読者の方のコラボレーションだと思っています。
『FORTUNE BOOK 明日につながる120の言葉』原田マハ・著 1,980円(10%税込)/徳間書店
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