「生んでくれなんて、誰が頼んだ!?」夫からの怒声。発達障害児のシングルマザーに。息子の可能性を育めたのは「差し伸べられた手」があったから【体験談】
我が子の可能性を育むことができたのは、差し伸べてくれた手を握る準備があったから

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ひとり親として、我が子を育てるために。美佐子さんは、塾講師や医療事務などの経験を経て、息子が4歳になる頃、公立保育園の保育士という立場に腰を据えます。
「実家に戻った直後から、私が仕事をするために息子を保育園に預け始めましたが、そこでも紆余曲折ありましたね。最初の園では、『あなたの子はおかしい』と数カ月で退園命令が。でも、その直後にお世話になった園との出会いが、それはそれは素晴らしかったんです。
入園希望の面談の時点で息子の様子を見抜いて、健診のためのセンターまで紹介してくれました。おかげで、ようやく息子に『自閉症』の診断がおり、かつて専門家に叱られた私の心が救われたばかりか、然るべきケアにつなげることもできました。その後も、親を非難したり苦情を寄せたりもせず、息子に伴走してくれましたね。息子が20歳になった時には、『成人のお祝いを』と、当時の先生がプレゼントを手に自宅に来てくださって……本当に感謝しています」。

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その後の小学校にも、また恵まれた出会いが。
「1年生から2年生への進級時、2年連続で担任になった先生が『私もプロなので、任せてもらえませんか?』と、個別指導を申し出てくれたんです。以来、毎週金曜日は居残りで個別学習をして、終わったら先生と一緒に学童へ。入学当時は『普通学級は1年生だけかもしれません』と言われていたのに、3年生以降、きちんと授業でテストを受けて持ち帰って来るどころか、成績が上位レベルに上がったんですよね」。
「もちろん、これを教師の標準として求めるのはお門違いで、あの時代だからこそできたことだとも思う」と、言い添える美佐子さん。
それでも、我が子の特性を客観的に受け止め、周囲からの援助を軽やかに受け入れる準備があってこそ、他者から差し伸べられた手をしっかり握ることができたと言えるでしょう。そして何より、自分と息子が健やかであるために、「シングルになる」ことへと踏み出した決断こそが、美佐子さんらしい「家族のカタチ」を実現するための最初の一歩でした。
ここまでは、美佐子さんの結婚・離婚と、自閉症の幼い息子さんとの日々についてお伝えしてきました。
「もう「大人」な年齢になった、発達障害のわが子。息子の未来のために、母としてやめたこと・始めたこと【体験談】」では、息子さんを支えたもう一つの出会いと、美佐子さんの再婚から見る「家族のカタチ」についてお届けします。
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