ねえ、どうしてその男に貢ぐのがやめられないの?【不倫の精算 10】
一方通行な思い
J子さんは専業主婦。転勤を繰り返す夫についてこの街に来たのが去年のことで、独身の彼とは体を動かしたくて入ったテニスのサークルで知り合った。
気さくに話す彼は街に不慣れなJ子さんにいろいろと情報を教えてくれて、J子さんはすぐ「好きになっちゃった」という。
「それって最初から下心があったんじゃないの?」
彼のことはJ子さんより知っているが、サークル内で多くの女性に「粉をかけている」姿を見ているのでそう言うと、
「うん、それでもいいよ。どうせ期間限定だしね」
あっけらかんとJ子さんは答えた。夫の次の転勤が決まるまでの相手。最初からそう割り切っているので、彼の軽さも気にならないようだった。
見せてくれた新品のスポーツシューズは確かに彼の好きなブランドのもので、気に入るだろうことは予想できた。そう言うと、「良かった」とJ子さんは満足そうに頷いてふたたびバッグにしまう。
J子さんは、不倫の関係になってからずっと彼にプレゼントを続けている。サークルで使うバッグやウェアなど、値段は大小だが贈ったものは10を超えていた。見かけるたびに、彼の姿がグレードアップしていることはサークル内でも噂になっていた。
「旦那さんは大丈夫なの?」
という言葉は、これまで何度もかけてきたものだった。だが、J子さんの答えは決まって
「大丈夫よ、あの人は私が何にお金を使うかなんて気にしないし。仲良くやってるよ」
というもの。夫がどんな性格で普段ふたりがどんな暮らしをしているか、彼女はほとんど口にしない。彼女の夫は、アラフォーの妻が付けまつげをして濃い化粧をして出ていくことに、何の違和感も持たないのだろうか。
一度、友人で集まったときに解散が夜中になったことがある。そのときの「まだ夫も帰らないし、時間は大丈夫」というJ子さんの言葉が引っかかっていた。週に3度あるサークルにJ子さんは欠かさず出ていて、彼との逢瀬はそれ以外の日にも持っている。家にいる時間が少ないだろうことは、話を聞いていれば想像できた。
「このシューズね、この間彼が欲しいって言ってたから」とJ子さんはカップを持ち上げる。
「貢がされてるじゃん」
半ば呆れながら言うと、
「いいよ、それでも。喜んでくれるなら」
似合うものを身に着けて欲しい、とまたJ子さんは口にした。
お返しに彼からは何かもらったのかというと、そんなことはない。いつも贈るのはJ子さんのほうだけで、彼は受け取るのみ。最初は遠慮していたが、今はリクエストまでするようになった彼の甘えは、逆にJ子さんの「貢ぎたい」気持ちを加速させているように見えた。
J子さんの口から、そんな彼への不満が出たことは一度もない。それは夫に対する愚痴を聞いたことがないのと同じで、常に一方通行でも良いとする彼女の空虚さが垣間見えるようだった。
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