出会い系の既婚者でもいいから、自分を求めてほしかった【不倫の精算 11】
「ラクちんだから」
— K子(36歳)は待ち合わせのカフェに少し遅れて登場した。
「ごめん、駐車場がなかなか空いてなくて……」
と息を切らせて言うが、落ちかけたマスカラやセットの崩れた髪を目にすると、あぁホテル帰りなんだな、とわかる。
飲み物を買ってくると改めて席に座ったK子は、せわしなくバッグからスマホを取り出した。素早く指を動かす猫背の姿からは彼女の焦りが伝わるようで、いつもながら落ち着きがない、と思う。
何も言わずに見ていると、K子は「ごめん」とこちらに顔を向け、またスマホに戻った。
K子はタクシー会社の事務員として働いている。給料は安いが実家だから何とか生活できる、といつも言うが、サービス残業ばかりで昇給はわずかしかなく、副業も持っていない彼女は余裕のない暮らしを送っていた。
数年前から目にしているニットにくたびれたバッグ。アクセサリーの類も身に着けず、メイクをしなければ年齢より老けてみえることも多いK子は、決して華やかな雰囲気ではない。彼女が出会い系を使い、既婚の男性とばかりホテルで情事を楽しんでいるなど、恐らく誰も想像ができないだろう。
「あー、疲れた」
ぱん、とスマホをテーブルに置いて、K子は伸びをした。
「今日はどこのホテル?」とつい茶化すように言ってしまったが、K子は平然とした顔で「川沿いの、改装したあそこ」と返した。
「ていうか、バレてる?」と笑うK子に「あのさぁ、せめてファンデーションくらい直しておいでよ」と思わず本音が漏れる。
えー、面倒くさい。そう言うとK子はさっき置いたばかりのスマホにまた手を伸ばした。普段から使っている出会い系のアプリを開いてメールボックスをチェックする姿は、すっかり見慣れたものになっていた。
K子に頼まれていた小説を渡しながら、「まだやってるの?」と尋ねると、
「だって、ラクちんよ。結婚してる男って簡単に会おうとするから」
スマホの画面から目を離さず彼女は答える。
「いいじゃない。お互いわかってて会ってるんだから」