最愛の妻子を奪われた新之助。怒りと悲しみの果てに掲げた“民を見よ”の幟とは?【NHK大河『べらぼう』第32回】
*TOP画像/蔦重(横浜流星) 新之助(井之脇海) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」32話(8月24日放送)より(C)NHK
吉原で生まれ育ち、江戸のメディア王に成り上がった蔦重の人生を描いた、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK総合)の第32話が8月24日に放送されました。40代50代働く女性の目線で毎話、作品の内容や時代背景を深掘り解説していきます。
この世界で一人立ち尽くす新之助 彼の抱えきれない怒りが向かった先とは…

新之助(井之脇海) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」32話(8月24日放送)より(C)NHK
本放送では、ふく(小野花梨)ととよ坊を突然失った新之助(井之脇海)が、怒りや苦しみを“意次(渡辺謙)が統治する世”にぶつける姿が、視聴者の心を揺さぶりました。
新之助の最愛の二人を殺めたのは妻子ある飢えた男。この人物は妻と子を守る方法として新之助の家から米を盗むことしか思い浮かばず、犯行に必死の思いで手を出したのです。蔦重の助けがなく、かつ近隣に米を蓄えている人がいたならば、新之助もふくと息子の命をつなぐために同じことをしていたかもしれない…。新之助は誰よりもこのことを分かっていたからこそ、ふくを殺した男をにくめなかったのです。
新之助が妻子の死への怒りの矛先としたのは、会ったことも話したこともないであろう意次でした。
「然様な 田沼が作った この世に [ふくととよ坊は]殺されたのだ!」
妻子亡きあと、新之助は一見した限りでは普通に暮らしているようではあるものの、心が死んでしまったことはひしひしと伝わってきました。彼の目からはあたたかみが消え、全身から殺気立った雰囲気を放っています。
また、新之助は自分の生活を支えてくれる蔦重の心を感じつつも、どこか距離を覚えてもいるようです。それは、蔦重が米の差し入れをしなければ二人が無残な死に方をしなかった可能性があるからだけでなく、蔦重との間に社会的地位の隔たりを感じていたからでもあります。
「そもそも ここは大店の主が来るようなところではないし。[中略]吉原と そこに落ちてくる田沼の金で財を成した。ひょっとすると 田沼の世で一番成り上がった男かもしれぬ」
新之助は金も地位もなかった時代の蔦重をよく知っているものの、大店の店主に成り上がり、自分を”支援”してくれる彼との間に距離を感じています。さらに、蔦重はもっとも憎き人物である意次とも親しい間柄であり、世間からは「田沼の犬」とまで呼ばれているほどです。
友情を変わらずに保つのは難しく、時の流れで立場が変わると、どちらかが相手の立ち位置を無意識のうちに気にして、以前のように心を通わせられなくなることもあります。最近の新之助は意次を憎み、(ふくの言葉を借りるならば)自分と同じように地べたを這いつくばってる人たちといるときの方が、付き合いの長い蔦重といるよりも居心地がよさそうです。
私たちは新之助のおだやかな性格を知っているからこそ、彼が打ちこわしに心を奪われ、好戦的になったことに心を痛めています。
ふくがうつせみを名乗っていた頃、新之助が「それはよかった。あなたの愛らしさが世に知られてもな」と、錦絵に載る予定がない”恋しき人”に優しい言葉をかけるシーンは、多くの視聴者の心を和ませました。また、俄祭りでキセキが起きて、吉原の大門を二人で寄り添いながら後にする姿も私たちは見届けてきました。そして、ふくと新之助が貧しいけれど、あたたかく、堅実な家庭を二人で築き上げ、彼らの間に新しい命が宿ったことも知っています。
野に咲く小さな花のような新之助とふく。その二人の間に芽吹いたとよ坊の命でしたが、荒んだこの世界において無残にも刈り取られました。清らかな人は荒んだ世界で生き抜けないことを暗示しているかのように…。
現在の新之助はこれまでに見たことないほど血の気が多いように見えますが、少し突っつくだけで死んでしまいそうなほど弱っているようにも感じます。
“命”の重みを知っている蔦重

蔦重(横浜流星) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」32話(8月24日放送)より(C)NHK
蔦重は、朝顔(愛希れいか)や源内(安田顕)など大切な人たちの死を過去にも経験してきました。そして、ふくの死も彼女をよく知る蔦重にとって深い悲しみを伴う出来事だったことは言うまでもありません。しかも、彼らは歪のない世であれば避けられただろう死に方をしています。
蔦重は打ちこわしを決意した新之助を必死に説得しようとしましたが、新之助と彼の同志を守るためでした。誰かが捕まること、死ぬことだけは避けたかった蔦重。そこで、彼が新之助に提案したのは布に思いの丈をぶつけ、幟(のぼり)にし、思いを伝えることでした。
「金を視ること勿れ。全ての民を視よ。世を正さんとして 我々打ちこわすべし」
新之助が筆でこの言葉を書く姿は力強く、この幟に文字を書くことに全身全霊で向き合っていることが感じられました。政を司るお偉いさんたちに“金ではなく、民を見てほしい”という願いはどの時代に属する民も共通して胸に抱いているはずです。
自分がもっとも大切であり、権力を握れば身内をこれでもかというほど贔屓したくなるのは人間の性。吉原の女郎屋のような小さな世界の人たちも、幕府という大きな世界の人たちも考えることに違いはさほどありません。
けれども、こうした思いを抱く人びとが集う世の中では社会的地位に関係なく、犠牲者が出るものです。前回の放送回では、家治(眞島秀和)が何者かの毒でこの世を去りましたが、本放送では意次だけでなく、一橋家当主・治済(生田斗真)や大奥トップ・高岳(冨永愛)にもやがて訪れるだろう危険も感じられたように、ピラミッドのトップ層に君臨していても足をすくわれることはいくらでもありえるのです。
スポンサーリンク









