「家がない」だけで捕まって佐渡島で地獄の重労働、半永久的に強制されて命を落とす。定信と平蔵が作った「人足寄場」の驚くべき実態とは
*TOP画像/長谷川平蔵(中村隼人) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」38話(10月5日放送)より(C)NHK
「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ファンのみなさんが本作をより深く理解し、楽しめるように、40代50代働く女性の目線で毎話、作品の背景を深掘り解説していきます。今回は江戸時代における「人足寄場」について見ていきましょう。
江戸時代において漂泊者や浮浪者は犯罪者に近い扱いだった!?
住所不特定で幕府や藩の戸籍制度に登録されていない漂泊者や浮浪者は、法的・社会的に保護されないだけでなく、厳しい扱いを受けました。彼らの中には窃盗の罪を犯す者、物乞いをしながら町を徘徊する者もおり、江戸の治安悪化が懸念されたためです。
蔦重が30~40代の頃、浅野山の大噴火、凶作、飢饉、打ちこわしが続き、世は乱れていました。現代でも地元で職を失った人は大都市に流れる傾向にありますが、当時も村を捨てて、江戸に流れてきた人たちは少なくありませんでした。しかし、大都市に行けば職を得られるというわけではなく、職も住む場所もない人たちが江戸に大勢いました。
無宿者の中には江戸の治安維持と鉱山労働力の充足のために捕えられ、佐渡島に連れて行かれた人も少なくなかったといわれています。罪を犯したわけではない者、もしくは軽犯罪者であっても手鎖と腰縄で拘束され、目駕籠(めかご)に入れられ、命を落とす者もいるほど険しい旅を強いられました。佐渡島に着いた後も地獄の日々は続き、重労働を半永久的に強制されました。
自活するためのスキルを取得できる「人足寄場」とは?
本放送では、老中首座・松平定信(井上祐貴)が長谷川平蔵(中村隼人)を呼び出し、人足寄場(にんそくよせば)をつくるように命じるシーンがありました。定信は田沼病を患う人たちを「真人間」に鍛え直し、世を改革しようと試みたのです。
人足寄場とは、石川島(中央区佃二丁目)に所在し、無宿者や軽犯罪者の更生を目的に幕府がつくった施設です。長谷川平蔵が人びとの改心を願い、松平定信に提案したことが始まりでした。
人足寄場は周囲に矢来がめぐらされ、北西の墨田川に面した門からしか出入りできず、刑務所を想起させる外観ともいえるものでした。現代の刑務所には重罪犯を含む犯罪者を収容し、改心、償い、社会復帰の目的がありますが、人足寄場は目的こそ刑務所と似ているものの、収容者は無宿者が多く、いわゆる犯罪者とは限りません。
人足寄場の収容者は大工や彫物などの仕事に従事しながら、社会で生きていくためのスキルの取得を目指します。作業に使う道具も支給されるため、無一文の人でも希望すれば手に職を効率的に付けられます。なお、すでに大工など専門職として働けるスキルがある人は、能力を活かせる業務に従事します。
大工や彫物などといった難易度の高い仕事が困難な者や意欲がない者は縄細工、ハマグリの殻を粉砕する石灰づくり、油しぼりなど、負担が比較的少ない仕事を任せられました。
人足寄場では外出の制限があるだけでなく、指定の衣服(柿色の生地に白い水玉柄の服)の着用義務などといった厳しい規則もあるものの、報酬が支払われ、食事や鼻紙、入浴などは補償されました。さらに、出所後の生活資金のために報酬の一部は半強制的に積み立てられました。貯蓄が苦手な人も、将来の自分のためにお金を貯めることができたのです。
また、収容者の中でも高く評価された者は市中に出て、人足寄場で製造したものを売り歩くことも認められていました。
人権意識が高まった現代に暮らす私たちもびっくり!出所後の手厚いフォロー
人足寄場の収容者は改善が認められれば、期間に関わらず自由の身となることが許されました。
真面目に勤め、改心したとしても、社会に出て、行き場がなければ、自堕落な生活を再び送ることになってしまうものです。こうした事態を回避するためにも、出所後のフォローは手厚いものでした。農村出身者には土地、江戸出身者には店を持てるように家が与えられた他、仕事に必要な道具や必要に応じて手当を与えられることもありました。
人足寄場は人びとの更生を目指した世界的にも画期的な施設でしたが、出所者の中には生活を立て直せた人も少なくなかったといわれています。
現代においても給付金で生計を立てながら学べる制度が存在しますが、これと似たようなものが江戸時代からあったとはおどろきですね。ちなみに、江戸の町は同時代のイギリスやフランスと比べても清潔で、整っていたといわれています。今も日本の清潔さや弱者への補償の手厚さは世界においてもトップクラスですが、少なくとも江戸時代から通じているといえるのかもしれません。
本編では、松平定信と長谷川平蔵によって設立された「人足寄場」が、罪人ではない“無宿者”たちに社会復帰の道を与えた仕組みについてお伝えしました。
▶▶“生き残る者の天命”きよの死と蔦重の覚悟が問いかける「生きる理由」
では、『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第38話で描かれた、歌麿ときよの悲劇、そして蔦重と政演が見出す“生きる意味”を解き明かします。
参考資料
中江克己『お江戸の意外な生活事情: 衣食住から商売・教育・遊びまで』PHP研究所、2001年
平松義郎『江戸の罪と罰』 平凡社、2022年
山本博文『古地図でわかる!大江戸 まちづくりの不思議と謎』実業之日本社、2020年
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