役者は常に「なり切る」、だから私も「タイガースファンになり切る」ことから始めた。女優・中江有里さんが語る阪神タイガースとの3年間

2026.02.08 LIFE

趣味は映画鑑賞、ピラティス、読書という俳優・文筆家の中江有里さん。1989年、高校1年生で芸能界デビューを飾り、俳優、歌手としても活躍する一方、2002年にはラジオドラマ脚本の受賞を機に脚本家のキャリアをスタート、2006年に初の小説を出版。2015年にTBSテレビ番組審議会議員に就いて以降は、政府を含む複数の審議会委員も務めます。

 

そんな中江さんの最新刊『日々、タイガース、時々、本。猛虎精読の記録』(徳間書店・刊)は、朝日新聞社のサイト『好書好日』で連載中の『中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」』の書籍化。読めばわかるのですが、かなり異色の構成です。なぜ?で頭がいっぱいになるその経緯を伺いました。

 

表紙を見て「タイガース書籍だ!」と手に取ると……半分は正解ですが、残り半分は?

 

――「タイガースファンの女優さんがお書きになった本です」と伺い、「きっと長年の虎愛を謳いあげるエッセイだろうな」と先入観を持って拝読しました。しかし全然そういう話ではなく(笑)、女優さんはファンになりたて、しかも虎話ではなく書評でした。出てくる書籍のバリエが恐ろしく豊かで、かつ新幹線にビュンと追い抜かれるような速度で話が進みます。途中まで「私はいまいったい何を読んでいるのだろう」と大混乱しました。

 

ありがとうございます(笑)。いろいろなところで書評を書いているので、ちょっと違うことやりたいなと思っていたタイミングで『好書好日』から連載のお話をいただきました。

 

担当さんと打ち合わせをしたらお互いタイガースファンで話が本当に盛り上がり、打合せも終わりに近づいてから「今日タイガースの話以外なにも話していませんね、野球をからめながら本のことを書くのはどうですか?」と提案したらそれが通りました。タイガースは共通言語だなと思いました(笑)。

 

――なるほど、ジャンルが分類しにくい書籍と言いますか。書店でどの棚に置かれるかが書店員さんのご判断に大きく左右されそうです。

 

はい。よくサブカル、スポーツ関連に置いていただきますが、これは書評です(笑)。ですが、書いてみるまで本が決まらなくて。書きながらその時の自分の気持ちを言語化する本を探し出して、タイガースと重ね合わせながら書評を書いています。

 

近々で見た試合、最近のタイガースの状況など、書きながら本棚の前に行っては「いま書いたものに結びつく本って何かな」と探して、また戻ってを繰り返して本を選びます。本棚の前に行く作業が入るので、このエッセイは自宅でしか書けません。一般的に書評は対象となる本が先に決まっていて書き始めますが、この連載では書評本がわからないままなので、私からの原稿が届いたあとに担当さんが急いで書籍を読み始めるという感じです。

 

――そして、出てくる書籍の幅がものすごく広い。哲学書から恋愛、古典、児童書、最近のヒット書籍までなんでも登場します。

 

私にとって読書は子どもの時から唯一の趣味。一時期は年間300冊ほど読んでいました。今はペースが落ち、100冊ほどです。自分がこれまで読んできてこれぞと思って残している作品を改めて眺める機会にもなっています。

 

もともと小説好きでしたが、書評を頼まれたりお勧めいただいたり、仕事を通じて出会った本も多いのです。単純に好きな本だけを手に取っていたころよりも選ぶ幅が広がっていき、興味の幅も広がっていきました。結果読むジャンルが固まらなくなっていったので、幅が広いと言われるのかもしれません。

 

食べるものと同じだと思うんですよね、子どもの頃はいろいろは食べられないけど、食べるうちにいろいろな料理の味わい、おいしさに目覚めていきました。

 

――連載も書籍も、写真がとっても素敵です。

 

ありがとうございます。同じく阪神ファンで、写真家の夫と観戦することが多く、彼が撮っています。以前、SNSに「中江がカメラマンを引き連れて来ていた!」と書かれたことがありましたが、引き連れているのではなくて一緒に行っただけです(笑)。

 

書籍の写真はすべて蔵出しです。せっかく本をご購入くださる方にここでしか見られない写真をと、山のように撮った中から厳選して掲載しています。

 

2022年の逆転劇から「いきなりファンになった」あらましは?

――そんなタイガース観戦ですが、詳しくは書籍をご覧いただくとして、簡単に「なぜ観戦を始めたか」経緯を教えてください。

 

大阪で育ちましたので、妹が選手の追っかけをした時期もあったり、周囲にタイガースがある暮らしではあったものの、私本人は高校一年の時に仕事を始めて、家族と離れて上京したこともあり、ずっと野球には縁遠い生活でした。ですが、2022年、たまたま開幕戦をテレビでぼんやり見ていたら、劇的な展開に出会いました。大勝していたヤクルト戦でタイガースが大逆転負けをしたんです。

 

2022年は開幕9連敗というワースト記録を叩き出し、4月中にすでに「自力優勝消滅か?」とまでメディアで揶揄されていました。いまとなってはこの「4月で自力優勝消滅」の意味がよくわかりますが、そのころは全くわかっていませんでした。

 

そうこうするうちに神宮球場で観戦する機会に恵まれました。弱いはずの阪神が、その日はヤクルトに勝ったんです。 それからなんとなく試合を追うようになりました。 まだ熱中するほどではなかったのですが、その年チームは最終的にリーグ3位まで上がりました。 クライマックスシリーズでDeNAに勝って、ファイナルステージに進出したんです。

 

ヤクルトとの決戦で私も再び神宮へ行きましたが、またもや目の前で劇的な負け方をしました。それを見た時、驚くほど悔しい気持ちが湧いてきました。開幕戦の敗北を観た時にはなかった悔しさを味わい「真剣にタイガースと向き合おう」と、応援することを決めたんです。

 

開幕9連敗、自力優勝消滅とまで言われながら、勝ち抜いてヤクルトにあと1歩まで迫った。このチームは強いのか弱いのかよくわからない。ルールもよくわかっていなかったのが、だんだんわかってきて、選手の名前もわかってきて、ぼんやりしていたのがピントがあうようになってきて。

 

そして、ちゃんと応援するならぼんやりではなく、来年から143試合きちんと全部応援しよう、ファンクラブも入ろうと決めて、翌2023年から全試合を観ています。

 

――いきなりの全試合。お仕事もしながら、なかなかハードですが、なぜまたそんな。

 

私の中では、応援するならファンクラブに入り、全試合見るものだという「ファン像」がありました。こうして「型から入る」ことは私にとっては大事。なぜかというと、お芝居はすべて型から入るものだからです。

 

たとえばピアニストの役をいただいたとき、何から始めるかは役者さんそれぞれなのですが、私はやったことのないことならばすべていちど自分で経験して、それを再現するという型の入り方をします。型は大事だと思っているのです。

 

ファンになるならば課金も大事ですから、ファンクラブに入り、試合は全部見る。そのためにはスカパーのプロ野球セットに入ろう、キャンプも行ってみよう。その年からキャンプも行き始めて、自分の中にある「ファンとはこう応援するものだ」とういうスタイルを踏襲しました。いまでも「新参もののファンです」と言っていますが、私はファンという位置に立ったので、いまでは阪神ファンの立場から野球を見るという姿を貫いています。

 

よく「型から入る」と揶揄するが、じつは最短距離の王道。そして私たちも普段から「やっている」

――まさかタイガースの応援が役者さんの役作りの話へとリンクするとは、まったく想像もしませんでした。また新幹線がビュンと私を追い抜いていった感です。

 

たとえばお料理ならば普段作りながら少しずつ覚えていきますが、お芝居はそうはいかないことが多いのです。医師の役をするならば、医師としての知識がなにもないまま、いま医師になり切らないとなりません。でも、役者はこのなり切りが大事です。開き直りというか、私は医師なんだという医師としての気持ちでその場にたたずんでいないとなりません。明日になれば今度は学校の教師にもなります。

 

ここでひるんでいたらなれません、人がなんというとなり切るんです。遠慮はしない。自分がお仕事をするときにはそういう気持ちでやっています。だって、クランクインの1か月後になり切っても仕方ない、クランクインの瞬間になり切ってないとならないですから。

 

で、これって日常生活でみんなやっていることだと思うんです。お子さんを持つお母さまがたも、自分が母親の役をやっていると思ってはいないだろうけど、子どもの前では母親らしくあろうとしますよね。お芝居はそれが日常に溶け込んでいる行為なのだと思うのです。

 

――なるほど、確かに、私たちは「らしさ」の像を演じている部分があります、言われるまで気づきませんでした。これは同時に、自分の本質がどうあろうと、意思を持つことで自分は変えていけるという話でもありますね?

 

とはいえ、自分になじむ無理のない自分のありかたというものもあります。俳優は役柄によって演じるキャラクターそのものが変わります。私はもともと内向的なほうですが、オープンマインドで外向的な役もいただくことがあり、実際の自分との落差は相当なものでした。こういう場合の振舞いに困っていた部分も正直ありました。

 

早くに仕事を始めたからか、とにかく周囲に迷惑を掛けてはいけないと抑制的に生きてきて、何かに夢中になる経験をしてこなかった。子どもの頃のように素直でいたいと感じていたのかもしれません。そんな時にタイガースの存在に気づいた。実は私以外の家族は全員タイガースファン。共通言語であるタイガースは自分のルーツにつながっていた。人の目を気にせず、自意識が出る前にあったであろう自分の姿に立ち返れているように感じます。

 

鎧はもう着なくていいかな、脱いでユニフォームに着替えよ!って。人生も半世紀を過ぎて、鎧を脱いでユニフォームを着たら案外楽だった、これは役を変えながら折り合いをつけてきてたどり着いた気づきです。

 

つづき>>>更年期のホットフラッシュ、のぼせ、めまいに苦しんだ女優が見出した「意外過ぎる」打開策とは?「繰り返す場合は対策が立てられる」

 

『日々、タイガース、時々、本。猛虎精読の記録』(徳間書店・刊)

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