「学校に行きたくない」と言い出せなかった不登校児の精一杯のSOS。学校と母への本音【2025年度ベスト記事セレクション】
「否定しない」こと=「受け止める」ことではない。正面から問われてこそ、伝えられる本音がある。
さゆりさんの母親は、空っぽのランドセルを手にしたその日から一度も、学校を休むことを責めたり、登校を促したりすることはなかったのだそう。
「『不登校』ではなく『登校拒否』と呼ばれていて、学校に行く以外の選択肢がなかった時代。『親はその時どうすべきか』なんていう情報は、今ほどなかったはずです。それでも、大きく取り乱すこともなく休ませてくれたことは、ものすごくありがたかった」。
今や、さゆりさん自身も4歳の息子と6歳の娘を持つ母親。「我が子の緊急事態に、どれだけ不安が募るか想像もつきますから……あの時の母はすごいし、大変だっただろうなあ」と思いを馳せた直後。「でも……」と、その表情が曇りました。
「『学校に行きたくない』と言った私を否定されたことはないけれど、だからといって『受け止めてもらえた』とも感じていないんです。
あの時の母は、丸く収めようとしていたように思うんですよね。たとえば、同居していた祖母は、『学校に行け』とは言わないまでも、『成績も良かったこの子が、なんで?どうして?大丈夫なの?』という反応を隠さない。すると母は、『おばあちゃん、まあまあ』と祖母を穏やかになだめつつ、私には『ほら、今日もお休みしようか、ね?』と促す。もちろん、祖母への対応はありがたかったです。でもここに、『私の話に耳を傾ける』というプロセスはないんですよね。『今の学校ではない、他の選択肢があったらいいのに』という漠然とした思いもありましたが、それを伝える機会もありませんでした。
聞かれてどれだけ答えられたかは、正直わかりません。でも、『学校のこと、どう思ってるの?』とか、『どうしたいと思ってる?』とか、『何か力になれることはある?』とか……正面からボールを投げてくれて初めて、投げ返せる本音があった気がするんです。
親には感謝しているし、責任をなすりつけるつもりもありません。それでも、『学校と家』という狭い世界で生きていたから――『母に、もっと向き合ってほしかった』。その本音に気づくのに、30年近くかかってしまいました」。
ここまでは、不登校に至る前後での心の内と、時間が経ったからこそ見えてきたあの頃の本音を、さゆりさんに語っていただきました。
続く関連記事『元・不登校児がようやく見つけた「自分の取扱説明書」と「心地よい居場所」とは? 今、不登校の親子にどうしても伝えたいこと』では、自らが活きる心地よい場所を少しずつ見つけ出していくさゆりさんの歩みをお伝えします。
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