「中受をしなかった」東大生。子ども時代に「やっておけば、もっと学力が伸びた」と後悔していることとは?
筆者の高校では、授業中にジャンプを読んで怒られたり、お弁当を食べて怒られたり、持ち込み禁止の携帯電話を持ってきて出会い系サイトに書き込んだりする生徒はいたが、内職をする者などいなかった。いなかったから、そのような概念と言葉すらなかった。“内職”とは家庭の事情で家から出られない人のための労働を指す言葉だった。
35歳から東京大学を目指すさんきゅう倉田の子供時代
筆者は誰にも相談しない子供だった。東大では友人や先生に相談し、議論することで理解が深まり、知識が増える。この素晴らしさを多くの学生が認識しているから、中学ないしは高校の頃から相談や議論は当然のように行われていたかもしれない。
だが、自分は違う。小学校や中学校で誰かと喧嘩しても、大切にした物がなくなっても、先生から不当な扱いを受けても、親には言わなかった。校内で金銭を要求されるようなトラブルがあっても先生に言うこともなかったし、友人に相談することもなかった。
“相談“。この言葉を筆者が認知したのはいつだろうか。
そういう選択が存在することも知らなかった。しかし、たとえ相談したとしても、解決しなかったように思う。筆者にとって大人はそれだけ頼りない存在だった。そういう意味では筆者は孤独だった。誰かと話すことで知識を増やし、理解を深めることをせず、ただひたすらに漫画を読み、自分一人で考えることで、明快な思考を獲得したのかもしれない。
▶東大に入って変わったこと
この記事は
芸人・元国税局職員
さんきゅう倉田
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