「風俗は男の甲斐性だぞ」その一言で目が覚めて…。「もうこんな生活、終わりにしよう」私が始めた準備とは
夫は「妻を完全にコントロールできた」という征服欲に満足していました。外出を阻止し、抵抗を封じ、身体まで支配する。そこには、妻を大切にするという意識は一切ありませんでした。モラハラ夫が妻の外出を徹底的に妨害する背景には、いくつかの心理的なメカニズムがあります。続きをお伝えします。
③ 罪悪感の植え付け
「俺が体調悪いのに」
「子どもがいるのに」
こうした言葉は、妻に罪悪感を持たせるために使われます。
「自分が楽しむなんて許されない」
「私のせいで夫が不機嫌になる」
そんな思い込みを植え付けることで、妻自身が行動を制限するよう仕向けているのです。
④ 性的支配という最終手段
外出の阻止、怒鳴り、仮病、罪悪感の植え付け。それらすべての延長線上にあるのが、性的強要です。「妻だから義務」という言葉で正当化されるこの行為は、支配の完成形のひとつです。同意のない性的行為は、夫婦間であっても決して許されません。それは愛情ではなく、支配と服従を確認する行為なのです。
⑤ ダブルスタンダードという残酷さ
自分は自由に飲みに行きながら、妻の外出だけを徹底的に制限する。このダブルスタンダードは、偶然ではありません。「妻は家にいるべき」という価値観の押しつけであり、妻を対等な人間として見ていないことの表れなのです。
長年、夫のモラハラの中で生きてきたFさんは、友人から誘いのメッセージが届くたび、胸がドキドキするようになっていました。本来なら楽しみなはずの連絡が、いつしか緊張と恐怖のきっかけに変わっていたのです。
「また夫が怒るかもしれない」
「また嫌がらせが始まるかもしれない」
そんな不安が、頭をよぎるようになっていました。そして、友人の誘いを断るたびに、少しずつ人間関係が薄れていきました。「断るのが申し訳ない」と、自分から疎遠にしてしまった友人もいれば、向こうから距離を取ってきた人もいます。
気づけばFさんの周りから、話せる相手はほとんどいなくなっていました。
これこそが、夫の望んだ状況でした。
妻が自ら孤立していく。それが、モラハラの完成形のひとつなのです。
「私、ずっと夫の機嫌を損ねないように生きてきた」自分の行動を、自分の意思ではなく、夫の感情を基準に決めてきた。出かけていいかどうかを、夫の顔色で判断してきた。性交渉でさえ、自分には拒否する権利はないと思い込んでいた。その積み重ねが、Fさん自身の「自分を大切にする」という感覚を、少しずつ奪っていったのです。
友人と食事に行くことは、許可をもらうことではありません。夫婦の性交渉も、「嫌だ」と言うことは、わがままではありません。どちらも、本来は当たり前の権利なのです。長年モラハラ夫の支配下で生きてきたFさんの心には、「飲み会に行きたいと言うこと自体が面倒」「何を言われるのかと思うと怖くてやめてしまう」そんな、被害者特有の思考回路が、癖のように深く染み付いていました。理不尽な要求でも、自分が我慢すれば丸く収まる。そうやって飲み込んできた10年以上の年月は、何が正しいのか、何が普通なのかさえ分からなくしてしまっていたのです。
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