だから、この2人は結婚したのか。結婚から読み取れる戦国時代の駆け引き。そして豊臣秀長の妻の正体は?【NHK大河『豊臣兄弟!』13話】
慈雲院(秀長の正妻)に関する詳細は不明
豊臣秀長は兄・秀吉と比べてその名が現代においてあまり知られていませんが、妻の慈雲院(じうんいん)についても、秀吉の妻・おねほどには明らかになっていません。慈雲院は法号(秀長の死後に出家した際に授かった名前)であり、実名は不明です。
秀長と慈雲院の結婚は1566年頃といわれています。秀長が25歳頃のことです。秀長が慈雲院と結婚した際、秀吉は所領100貫文以上を有する士大将であったため、秀長にもそれなりの地位がありました。秀吉と秀長の地位を踏まえ、慈雲院はある程度の地位がある織田家臣の一族だったと考えられています。
秀長と慈雲院との間には与一郎という息子がいましたが、彼は15歳前後で夭折したと伝わっています。秀長と慈雲院は仲のよい夫婦で、ふたりで興福寺を訪れ、法華絵(ほっけえ)を見物したこともありました。また、慈雲院が義母・大政所(なか)と春日社に参詣した記録も残っています。姑と嫁の関係が良好であったという説は有力です。慈雲院は秀長がこの世を去ってからは「大和大方様」と呼ばれ、養子・秀保を支えました。
慈雲院について人柄や性格は分かっていません。それゆえに、『豊臣兄弟!』ではどのような人物として描かれるのか、慈雲院がモデルの慶を吉岡里帆がどのように演じるのか楽しみですね。
織田家の家臣団の結婚の実態は 次ページ
この記事は
アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
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