だから、この2人は結婚したのか。結婚から読み取れる戦国時代の駆け引き。そして豊臣秀長の妻の正体は?【NHK大河『豊臣兄弟!』13話】
戦国時代は今でいう社内婚!?
秀吉とおねは恋愛結婚であるものの、戦国時代において恋愛結婚の夫婦は多くはありませんでした。身分が高ければ高いほど、親族や主君が家や国のために結婚相手を決めます。現代に置き換えると、娘が父が勤める会社の従業員と結婚したり、社長の血縁者と結婚したりしていたといえるでしょう。例えば、前述のように、秀長は織田家の家臣の娘・慈雲院と結婚しています。また、秀吉とおねは恋愛結婚であるものの、おねもまた織田家の家臣の娘です。愛し合って結婚した二人ではあるものの、秀吉にもおねにも織田家とつながりがありました。
また、織田家勲功の臣・丹羽長秀は信長の養女(信長の兄・信広の娘)・桂峯院(けいほういん)を正室に迎え、織田家に入っています。長秀は15歳のときに織田家の家臣になり、織田家に多大なる貢献をしてきました。美濃攻めで活躍したほか、美濃を支配する斎藤家の拠点・堂洞城の包囲にも成功しました。信長はこれらの功績を踏まえ、養女を長秀に嫁がせたのです。ちなみに、長秀は佐和山城を賜っており、織田家の家臣の中で初の“一国の主”となった男です。
信長の愛弟子・蒲生氏郷(がもううじさと)は信長の娘・相応院(冬姫)を正室に迎えています。氏郷は戦場で数々の貢献をしただけでなく、中国の古典に通じ、茶道では千利休の特に優れた弟子に数えられるなど、教養豊かな人物でした。また、松坂(現:三重県松阪市)を商業都市として発展させる礎を築きました。信長は大切な実の娘を優秀なこの男に託したのでしょう。武将は優秀な家臣と我が一族、家臣同士の婚姻を推奨し、家臣を深く取り込んでいたのです。
本記事の最後に、『豊臣兄弟!』の13話の場面に触れておきます。松永久秀(竹中直人)が「お主には わしの娘をと思っておったのじゃ」「織田家との関わりを深めたい」と、小一郎(仲野太賀)に頼む場面がありました。久秀が小一郎に娘との結婚を頼んだのは、小一郎のほかにちょうどいい独り身の男がいなかったから。現代人の感覚からすると、“娘の婚約者をそんなふうに決めていいの?”と思いますよね。

久秀(竹中直人) 小一郎(仲野太賀) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』13話(4月5日放送)より(C)NHK
史実では、松永久秀の娘が秀長と夫婦関係にあった記録はありません。長女は織田信長の一族(濃姫)の取り計らいで、縁談が決まったこともありました。
▶▶亡夫のかたきとも言える相手との結婚⁉ 小一郎と慶の結婚からみる戦国時代の結婚事情と胸の内。そして信長は再び裏切られるのか【NHK大河『豊臣兄弟!』13話】
<参考資料>
黒田基樹(監修)『大河ドラマ 豊臣兄弟! 豊臣秀長とその時代』宝島社、2025年
稲垣史生『戦国時代大全(KKロングセラーズ)』 ロングセラーズ、2016年
スポンサーリンク
【注目の記事】
- 白髪ケアって「年齢に合わせて見直し」が必要なの!? いつのまにかアイテムも進化してた…!上手な取り入れ方は?【毛髪診断士・伊熊奈美さんが解説】
- 「離婚したくても、1円も取れない!?」出会い系アプリで遊び放題の夫。児童手当や学資保険…総額500万円を使いこみ、借金まみれの夫
- ライター、編集部員がカブり買い!パールアクセでおしゃれしながら「胸鎖乳突筋ケア」が!?40代編集部員が手放せなくなった「肩コリネックレス」ができるまで
- 出産して10年、ネックレスをしなかった48歳ライターが「つけっぱなし」。肩コリケアもできる「映える」磁気アクセ、開発者泣かせだった制作現場の執念とは
- 黒トップス×淡いデニム。定番コーデをオシャレ感を出しているのはアシンメトリーな襟元【40代の毎日コーデ】
スポンサーリンク















