50歳を過ぎて「褒められないと生きていけない」と気づいてしまった。承認欲求で「人生後半が生きづらくなる」理由は【一田憲子×大平一枝対談】

2026.10.17 LIFE

「褒められたい」気持ちは邪魔? 人生後半に気づいた「別の目盛り」を持つべき理由

大平: この本を書いたきっかけは? 企画として温めていたのか、それとも「今だったらこれが書ける」と思って走り出したのか。

 

一田: 実は、これを書いたのが還暦を迎えたちょっとあとだったんです。還暦ってよく「一巡回って初めに戻る」と言うじゃないですか。そのときに、今まで必死に仕事を頑張ってきで、暮らし周りのことをいっぱい書いてきたけれど、暮らし自体が仕事のためになっているなって気づいたんです。

 

家の器をそろえるにしても、「写真に撮ったら、かっこよさそう」みたいな感じで選んだり。一抹の「仕事でどう使えるか」みたいな思いを抱えながら暮らしてきた。それが一巡回ってゼロに戻ったときに、もう一回、自分の暮らしを「仕事モードじゃない生活者の目」で再構築したくなったんですよね。

 

そのときに邪魔になったのが、「褒められなくちゃいけない」という気持ちで。自分の暮らしを組み立てるとき、私がおいしいと思えばいいし、私がこの器がいいって思えればいいわけじゃない。なのに誰がどう思うか、が気になっている。すべての暮らしの目盛りが「褒められたい」になってるから、何か変えたいみたいな気持ちが出てきて。

 

大平: なるほど。もう一個違う物差しが出てきた感じですね。

 

一田: そうなんです。そして、気づいたのが、「褒められなくても生きられる自分じゃないと、人生後半がめちゃくちゃ苦しくなるぞ」ってことだったんです。この先、どんどん褒めてもらえなくなるじゃないですか。仕事だって、年を取るほど少なくなるだろうし、その分評価も減っていく。褒められることが幸せのマックスだったら、私の幸せはしぼんでいくしかないのか、と。だから、「それ以外に何か掴んでおかなくちゃ」って思ったんですよ。

 

大平: 価値判断を他者に委ねているということですよね。

 

一田: 褒められるかどうかは自分でコントロールできないですしね。私は本を書くとき、結論が分かってから書くことってないんですよ。「褒められない代わりに私が手にできる目盛りってなんだろう」「私はなんで褒められないと気が済まないんだろう」と、書きながら毎日分析していく感じでした。

 

【こちらも読まれています】

▶▶「私なんか病」を抱えて50代へ。人生後半をラクにする「他人の評価」を手放すたった一つのコツは

1 2 3

この記事は

スポンサーリンク