マウスピース矯正に失敗するとどんな歯並びになり得るのか？そのぞっとする例とは

この1月、実質無料をうたった歯科矯正の治療費を巡る金銭トラブルで、被害者150人以上が総額2億円近くの損害賠償を求めて集団提訴を行いました。東京・銀座の歯科クリニックはSNSなどで歯列矯正を宣伝すれば150万円以上の報酬が支払われ、実質治療費が無料になると勧誘していたそうです。

この件では金銭的な詐欺行為面のみならず、治療そのものの信じがたい杜撰さも明らかになっています。中には、もともとトラブルがなかった前歯が出っ歯になった、奥歯がかみ合わなくなり隙間が空いたなどの報告も。

東京・秋葉原の白石矯正歯科院長・白石圭先生はマウスピース矯正に対して警鐘を鳴らしていた一人。今回の提訴に潜む構造的な問題点を、矯正歯科専門医の視点から解説してもらいました。

前編記事『マウスピース矯正訴訟「当然起きるだろうと周囲はみんな予期していた」歯科矯正専門医の見解と対策は』に続く後編記事です。

マウスピース矯正で起き得るトラブルとは？

マウスピース矯正、専門用語では「アライナー矯正」と呼びます。その「間違った矯正」で起き得るトラブルを図で説明しましょう。

誇張した図ですから「私はこんな感じじゃないわ」と思うかもしれませんが、ご理解ください。使い始めでは奥歯、大臼歯の歯と歯がマウスピースの厚みの分だけ先に当たってしまい、全体が浮くのがマウスピースの宿命です。この厚みの分だけ、前歯が離れてしまいます。

しばらくするとこのように、噛み合っている大臼歯に圧力がかかり、奥歯全体が埋まるように歯茎の中へと沈んでいってしまいます。

結果的にマウスピースを外すと奥歯がかみ合っていない状態になります。この大臼歯が圧下して起きた「オープンバイト」はワイヤーで再度歯列矯正をしようとしても難治例であることが多く、矯正医によっては対応ができないこともあります。

さらに、前歯、図の1番2番の歯がナナメ下方向へ落ちてきてしまうようなオープンバイトは、前歯がカチカチと当たってしまうこともあり、外から見えている歯の寿命すら縮めます。

また、図のように前歯が斜め前側に滑り出てしまい、出っ歯になるオープンバイトも起き得ます。

「海外では」を連発されるならば、ちょっと疑ってみたほうがいいこれだけの理由

――実際私もマウスピース矯正の相談に行った際「奥歯のかみ合わせごと変える治療だからかみ合わせは気にしなくていい」と言われて、私が知っている歯科治療の概念とは違うのだなと驚きました。マウスピース矯正を失敗して、先生のツイッターを見つけて来院した患者さんもいますか？

いますいます。たとえば（写真を見せながら）この20代女性は前歯の見た目はキレイになっていますが、奥歯が浮いていて来院しました。マウスピース矯正中、かみ合わせがおかしいなと思っていたけれど、担当の歯科医に言ってもとりあってもらえず、悩んで悩んで当院に来院されました。（編集部注・患者さんから写真閲覧使用の許可を得ている例を拝見しました）

――この写真はぱっと見て深刻さがわかる症例ですね。お気の毒にと感じます。

歯列矯正は本人の顎関節の許容内に歯を収めることがとても重要です。その人の本当のあごの位置CRと、普段かみ合わせている位置COのずれが小さいほうがよく、少しずらして前歯が当たるくらいならいいけれど、ずれが大きいとダメ。この許容幅は本人の顎関節によって違うので、ミリ単位以下のピッチで調整しないとなりません。なのに、そのCO、CRのずれすらわかってない歯科医がマウスピースをやっているケースすらある。

＊CO：Centric Occulusion：中心咬合位　　CR：Centric Relation：中心位

――海外ではマウスピース矯正が主流だ、日本は遅れていると聞きますが、それは本当ですか？

微妙なところです。人種差は歴然とあります。日本人は基本的にちょっとずれただけで顎が痛いとかクリック音がするとか頭が痛いなど、他にもいろいろ症状が出てしまう人種です。西洋人はこの顎関節のずれの許容範囲が大きく、耐久性も強いため、マウスピース矯正でも大丈夫な症例が多いんです。よくはないが耐えられる人が多い。国ごとに事情がまったく違い、法律も矯正の文化的ポジションも人種も違うため、こと歯列矯正に関して「海外は」という言葉を出す人はこういうことに詳しくないのだと思っていいです。

――日本、こんなところでもガラパゴスなんですか？

はい、日本人はもともと骨格も歯科治療も特殊で、とにかくずれの許容範囲が狭いんです。たとえばお隣の韓国人とでも、これだけ人種が近くてもかなり事情が違います。韓国人のほうが顔の骨格がしっかりしていてマウスピース矯正が大丈夫な人が多いんです。

予防の医療は「でき得る限り安全」でないとならない。それが医療の使命です

――総合して、日本人にはマウスピース矯正は安心な矯正とは言いにくいということですね。

やって大丈夫かどうかが確立されていない、大変にあやうい何かだと捉えています。歯列矯正とはそもそも「予防の医療」で、いま何も疾患がない人たちが将来のために実施する転ばぬ先の杖なんです。ですから、考え得る限り最大に「安全」じゃないとダメ。「安全、大丈夫」でない限り、予防という目的と矛盾が起きます。ここが矯正治療とインプラント治療との大きく異なる点です。矯正では前歯だけ揃えばいいと思っていると、まず致命的にかみ合わせを壊されてしまいますし、歯にブラケットをつける技術がなくても歯列矯正ができるかのようになっているのはどうかと思います。

――それでもやはり、価格がお安いのは魅力です。私が見積りを出してもらったところは約60万円で、その値段ならできるな、いいなと思いました。

これらのことを知った上でやはりマウスピースを選びたい場合、あごの関節がおかしくなったり、口を閉じられなくなったり、失敗したあとワイヤー矯正で直そうとしてももう治らなかったり、前述したオープンバイトという最悪の事態になってしまう可能性も覚悟してください。一般に矯正の世界ではオープンバイトはすごく難しい症例なので匙を投げられる可能性もあります。また、日本人は骨が薄いので再治療ができない可能性もあります。もしいまお金がないから安いマウスピース矯正でと思っているならば、年単位であとに遅らせてお金をためたり、他の方法を考えてください。矯正は何歳になってもできます。

――ありがとうございます、とにかくマウスピース矯正は注意すべしということがわかりました。

はい、正しい知識を持っていただけたら嬉しいです。

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