「本当に普通の主婦だったんですけどね、ご縁があって」45歳でワイン醸造家に転身した女性の波乱万丈
ワイン好きがこぞって訪れる、東京・御徒町「葡蔵人~BookRoad~」。わずか10坪の小さな都市型ワイナリーながら、都内で唯一、日本ワイナリーアワードの三つ星を2年連続で獲得しました。
ワイン醸造の責任を担うのは須合美智子さん。彼女は45歳の時、飲食店のパート社員から、ワイン醸造家に転身しました。
「やったことがないことを、やらないうちから諦めるのはもったいないじゃない」と、はにかみながら語る須合さん。「普通の主婦」だった須合さんが、新しい道を歩みだしたきっかけについて語ってもらいました。
高校卒業後は信金に就職。夢は「考えてなかった」
1970年、岩手県に生まれた須合さん。「実家を出て、一人暮らしがしてみたい」という10代らしい理由で高校卒業後に上京し、18歳で信用金庫に就職しました。
「上京したいことを家族に伝えた時、『東京は遠いんじゃないの?』と心配していました。しかし就職先が銀行だったこともあり、なんとか両親を安心させることができました」
「そのときの夢は?」と聞くと、須合さんは照れくさそうに肩をすくめます。
「私、先のことをいつもそんなに深く考えてこなかったんですよね。信用金庫を選んだのも、安定しているし良いかな…と言う理由。一人暮らしをしたいという一心で、特に先々の夢などは考えていませんでした」
結婚後は義実家の手伝いに。義母の「神接客」に学んだパート時代
信用金庫では窓口業務や定期預金の担当を5年経験。23歳の時に結婚し、信用金庫を退職。その後2人の子どもに恵まれました。退職と同時に、義実家の家業である中華料理店の手伝いをすることになった須合さん。自分自身の力で手に入れたキャリアを手放すことに、ネガティブな思いはなかったのでしょうか。
「当時は結婚したら、家業を手伝うのが当たり前だと思っていました。自分のキャリアが変わることについても、当時は特に不安などはなかったですね」
須合さんは義母とともに接客を担当し、日曜日以外はほぼ休みなく働きました。義実家が営む店は近所でも評判。味はもちろんのこと、義母の「接客術」が多くの客を惹きつけていたそうです。
「時々ですが、お客さんの中にはお店に対してクレームをおっしゃる方も。私はクレームがあるたびに毎回落ち込んだり、嫌な気持ちになっていたんです。そんな私に義母は『お客さんのことは、家族だと思いなさい』と言ったんです。親戚の中にはちょっと気難しいおじさんや、口うるさいおばさんがいたりするでしょう。そういう親戚だと思って接客すれば、優しい気持ちを持って接することができると教えてもらいました」
どんなお客さんにも愛情をもって接する義母は、細やかな心配りも見事だったといいます。
「夏の暑い日のランチ時に順番待ち行列ができていたら、キンと冷えたグラスを用意して、冷たい一口ビールやお茶を注いでお渡ししていました。実際にやっていることは些細なことですが『どうしたら相手が喜ぶだろう』と常に考えている義母の姿から学んだものは大きい。飲食業の楽しさを学んだ原体験ですね」
友人のすすめで、いきつけの飲食店のパートへ
数年間、家業に精を出した須合さんでしたが、義父母が高齢になったことから家業を畳むことに。ちょうどその頃、友人とよく訪れていた飲食店でアルバイトを募集していることを知ります。
「飲食店でパートを募集していることを友人が教えてくれたんです。『あなた時間あるでしょ。やってみたら?』って(笑)。お店で働いている人の実直な雰囲気が好きだったので、応募してみたんですよね」
このとき選んだ勤務先こそが、現在の葡蔵人〜Book Road〜の母体である「K’sプロジェクト」が運営する飲食店でした。
社長に直談判し、パートからワイン醸造家へ
家業での接客経験を活かして、店を訪れる人を精一杯もてなしていた須合さん。義母と同じように「このお客様は何をしたら喜んでくれるだろう」と考え、お客さんの名前を覚えて積極的にコミュニケーションを図るなどしていたスタッフの真摯な姿に、毎日刺激を受けていました。
そんなある時、社内にワインの醸造を行う新規事業の立ち上げ話が。「情報が解禁されたら、お客さんにもお話できるし…」という興味本位で、須合さんは社員に詳細を尋ねてみました。
もともとものづくりに興味があったこともあり、詳細を聞けば聞くほど魅力を感じた須合さん。加えて、スタッフたちの情熱や真面目な働きぶりに胸を打たれていたこともあり、「この会社の人たちともっと一緒に働きたい」という気持ちがどんどんと募っていきました。
「ワクワクが止まらなくなった私は、勤務先に顔を出しに来た社長に『醸造家に立候補したいです』と名乗り出ました。パートという立場だったのに、よく思い切りましたよね(笑)。社長もとても喜んでくれて、『一緒にやろう!』と言ってくれました」
ワイン醸造という未経験の分野に飛び込むことを決意した当時、須合さんは45歳。年齢を理由にして新しいことにチャレンジすることに躊躇してしまう人は多いですが、須合さんは全くそう思わなかったといいます。
「だってやったことがないのに、最初からできないって言うなんてもったいないじゃないですか。せっかくやりたいことを見つけたんだから、やってみたらいい。やったほうが後悔がないでしょう?それにこの会社の人とする仕事なら、どんなことでも楽しいんじゃないかって思ったんです」
周りの家族や友人は、挑戦を始める須合さんにどんな反応を示したのでしょうか。
「家族は特に、何も言いませんでした。反対だったらきっとなにか言ってくるだろうし、心配しながらも応援してくれていたんだと思います。友人も『頑張ってね』という感じ。私が一度決めたら曲げない性格だということを知っているので、『無理しないでね』という感じでしたね」
須合さんは「もし作り始めるものがワインではなくチーズだったとしても、きっと新規事業責任者の候補に挙手していたと思う」と笑いながら話します。”一緒に働く人”をモチベーションに、須合さんは人生の新しい一歩を踏み出し始めました。
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