ボコボコにされた蔦重、失神した妻てい。愛と信念と「しなやかさ」で、どこまで波乱を越えられるのか【NHK大河『べらぼう』第39回】
*TOP画像/蔦重(横浜流星) てい(橋本愛) 南畝(桐谷健太) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
吉原で生まれ育ち、江戸のメディア王に成り上がった蔦重の人生を描いた、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK総合)の第39話が10月12日に放送されました。40代50代働く女性の目線で毎話、作品の内容や時代背景を深掘り解説していきます。
つよが歌麿に注ぐ義母としての愛
最愛のきよ(藤間爽子)を失った歌麿(染谷将太)は生きる力を失っていました。失意の歌麿をあたたかく包み込み、この世に留めているのは蔦重(横浜流星)の母・つよ(高岡早紀)。

歌麿(染谷将太) つよ(高岡早紀) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
「赤ん坊みたいなもんだよ。泣けば 何かあったのか 笑えば 治ったのかって 今は そうやって凌いでいくしかないよ」
上記の言葉は、つよが彼女に抱かれて泣く歌麿の様子におどろいた蔦重にかけた言葉です。悲しみのどん底にある者にとって、どのような慰めの言葉も意味をなさないことがあります。支える側がその時々の状態を察し、寄り添い、時の流れに身をまかせるしかありません。
歌麿はきよを愛していたけれど、彼が誰よりも求めていたのは“母親のぬくもり”のようにも思います。幼い頃から自分を邪険に扱う母に気遣い、母を見捨てた自分を責め続けている彼にとって“義母”つよの存在は何よりも大きいはず。
母の愛情を適切な時期に感じ得られなかった人は大人になっても幼子のように、母を求めることもあります。たとえ実母でなくても、母の愛で一度満たされれば、新たな一歩を踏み出せることも。
母の愛情を悲しく、切ないほど求め続けている歌麿にとって必要なのは、“兄”のぬくもりではなく、“母”のぬくもりなのかもしれません。
歌麿は肉筆の仕事のために贔屓してくれる栃木の豪商のもとにつよと行くことになりましたが、つよと暮らす中で心が少しずつ落ち着いてくることを願うばかりです。
罪に問われても戯ける蔦重…振りまわされる身内の苦労
幕府の目を巧みにすり抜けてきた蔦重ですが、今回は思惑通りにはいかず…。北尾政演/山東京伝(古川雄大)の『仕懸文庫』『娼妓絹籭』『錦の裏』が禁令を犯したと判断され、奉行所の役人が耕書堂に乗り込んできました。蔦重はこれらの本を教訓本に見せかけたり、「教訓読本」と書いた袋に入れたりと工夫を施したものの、老中首座・松平定信(井上祐貴)の目はごまかせませんでした。
蔦重が“ふんどし”とおちょくり、軽視してきた定信に初対面したのは白洲(≒法廷)でした。蔦重はこの場におよんでも問題の3冊を教訓本と白々しくも言い張り、役人たちの懐に入ろうと試みましたが、彼らはそんなに甘くはありませんでした。
さらに、蔦重は定信に対し、問題となっている本とは無関係の質問を投げかけました。
「透き通った美しい川と 濁った川 魚は どちらを好んで住むと思われますか?」

定信(井上祐貴) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
定信は「魚は 濁りのある方を好む」と答えた上で、“濁りがある方が餌が豊か” “身を隠しやすい” “流れが緩やかなら過ごしやすくもある”と理由を述べていました。蔦重はこの返答に対し、「私ゃ 人も 魚と そう変わらねえと思うんでさ」と述べた後、「白河の清きに魚住かねて 元の濁りの田沼恋しき」と詠む輩もいると定信を挑発。
定信もまた理解しているように、人はある程度濁りのある社会を好みがちです。このことは現代においてもいえることだと思います。現代社会では、江戸時代に寛容に受け流されていた洒落やサービスが訴訟に発展することもあります。また、平成後期までは受け流されていた社内や番組内での冗談はコンプライアンスの観点からNG。そうした中で、過去を知る者の中には自由闊達な雰囲気がただよう時代を懐かしむ人もいます。
蔦重が定信に伝えたことは正しい面もあるものの、今言うべき内容でないのはもちろんですが、江戸の一本屋にすぎない男が老中首座に発言するには不遜です。定信は当然のことながら感情を逆なでされました。
てい(橋本愛)は蔦重の定信に対する言動を耳にし、ショックのあまり意識を失いました。蔦重の志に共感していても、蔦重自身だけでなく店の存続も危うい状況にもかかわらず、なお戯ける夫に愕然とするのは当然といえるでしょう。
ていは蔦重に呆れつつも、自らの命を賭する覚悟を決め、柴野栗山(嶋田久作)のもとを訪れ、蔦重のために情状酌量を懇願しました。蔦重が女郎を守りたかったことを伝え、儒の道に損なわぬお裁きを懇願し、栗山の心を動かしました。

てい(橋本愛) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
一方、蔦重は自分の言動をいつまでも改めようとはしません。役人から「身上半減とす!」と処罰を言い渡されると、「縦でございますか? 横でございますか? 身を真っ二つってことにございますね」と軽口を叩く始末。

蔦重(横浜流星) てい(橋本愛) 市右衛門(高橋克実) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
ていと育ての親である市右衛門(高橋克実)は蔦重のために白洲に足を運び、身が縮む思いで、判決を待っていました。市右衛門が無鉄砲な息子のこの言葉に怒りを覚えたことは彼の表情から明らかでした。ていについては、蔦重の方に駆け寄り、「己の 考えばかり!」「皆様がどれほど…!」と厳しく咎めます。

蔦重(横浜流星) てい(橋本愛) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
このシーンにはていの蔦重への愛情、ていの戯けを愛し、自らの心に従って走る夫とともに生きる苦労が凝縮されているように感じました。自分の心配が相手に伝わらないことほど辛いことはめったにありません。
ピンチを再びチャンスに変えた蔦重
蔦重は幕府にこてんぱにされましたが、気落ちし、立ち止まりません。耕書堂の暖簾や畳、取り扱いの本まで全て半分にされた事態に世間が好奇心を抱く反応をチャンスと察し、日本で唯一の“身上半減の店”として売り出すことに決めました。

南畝(桐谷健太) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK

蔦重(横浜流星) てい(橋本愛) 南畝(桐谷健太) 喜右衛門(風間俊介)大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」39話(10月12日放送)より(C)NHK
ていや番頭らは店の暖簾や備品が半分に切られたり、商品を没収され、ひどくわびしくなった店内に気を落としていましたが、蔦重のポジティブな捉え方により、店に再び活気が戻りました。
今回の騒動の原因は蔦重ですが、ていや番頭の立場から見ると、蔦重を憎むどころか、“よし、この男にもう一度ついていこう”という気持ちが不思議と湧いてくるように思います。周囲にこのように思わせることこそ、蔦重の魅力なのかもしれません。
されど、手鎖50日の罰を受けた政信や江戸を追放された二人の検閲官の心の傷は深く、蔦重のようにすぐには前を向けないはずです。
スポンサーリンク









