見栄を張る生き方はいらない…44歳で骨折→心の病を発症、逆境で気づいた「人生が好転する秘訣」

2026.01.21 LIFE

日々が飛ぶように過ぎていくなか、自分のあり方に漠然と迷う40代50代。まるでトンネルのなかにいるような五里霧中ですが、この時期を人生折り返しの好機と捉え、動き出す人もいます。新シリーズ「50歳から考えるこれからの仕事と暮らし」ではそんなチャレンジャーたちの体験談をご紹介します。

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「もう戻る場所はない。絶対に社会で認められなきゃ」貯金ゼロ。43歳・元専業主婦が「自立」できた方法とは

 

◾️睡さん
北海道・札幌育ちの46歳。42歳で離婚、43歳で起業し、ヨーガ・コーチング講師として活動。44歳で福岡県に単身移住

 

【50歳から考える これからの仕事と暮らし #4 後編】

 

腰椎骨折、3カ月の寝たきり生活で気づいたこと

仕事と勉強に東奔西走していた44歳の秋。「腰が痛いな……」と思った睡さんは、そのままベッドから起き上がれなくなってしまいました。ヨーガのやりすぎで過去に患った腰椎分離症が再び悪化し、ついには腰椎を骨折していたのです。「世の中に認められなくちゃ」と、がんばりすぎて、仕事を詰め込みすぎ、無理がたたりました。

そして、強制ストップ。動こうにも動けなくなってしまい、3カ月にわたる寝たきりの生活が始まりました。
「このままじゃ、お金も続かないし、私はどうしたらいいのだろう……」。
当時、実家とは折り合いが悪く、元夫のもとに帰るつもりはない。八方ふさがりのなか、ただただ焦りと不安が募っていきました。

「出せば入る…まず出さなければ入るものも入ってこない、そんな誤った考え方をしてしまっていました」
思えば起業したばかりなのに、自分を立派に大きく見せるような暮らしと人づきあいを続けるうちに、心はどんどん苦しくなっていました。「何かが違う」と違和感が膨らむ自分の心を置き去りにしたまま、カウンセリングで人の心の深いところに入り込み、問題を解決する日々。そのうちに、どこかで「自分はすごい」と勘違いしていました。そんな「おごりの心」が、自分のなかにあったことにも気づきました。

 

 

福岡に移住。心の病で半年間、自分と向き合う

骨折が少しよくなった頃、移住した友人から誘われ、大分県を訪れました。途中、福岡で立ち寄ったのが、高台から海と山を一望できる鷲尾愛宕神社でした。その景色を見たとき、「知っている人が誰もいないこの町に住んでみたい」と、ふと感じたといいます。友人も「福岡は明るくて、イメージに合っているよ」と背中を押してくれたこともあり、直感に従って44歳で福岡への移住を決めます。

ちょうどその頃、子育てを終えた虚無感や、人間関係のトラブルが重なり、45歳のとき心の病に。これまでずっと走り続け、人の心と向き合うことに力を注いできた睡さん。今度は半年間、ヨーガで体を整えながら、自分のトラウマを克服するため、自分自身の心と向き合う時間を持ちました。

そこで見えてきたのは「誰かに褒められるために、外側の“武器”を手に入れ、『自分はすごいんだ』と大きく見せようとしていた、これまでの自分自身の姿」でした。誰かに認められたい、成功したいという思いに突き動かされて、キャリアコンサルタントや大卒資格を手に入れ「安心」を得ようとしてきました。けれど、外側の“武器”だけでは真の「安心」は手に入るわけがなく、本当に大事なのは自分の“内側”だった――そんなふうに思いました。

 

 

「自らが明かりを灯す人間」になろう!

迷いが晴れ、自分の進むべき道を決めた睡さん

大学で学んだお釈迦様の言葉「自灯明(じとうみょう)」。すなわち「自らが明かりを灯すこと」が大切だと、睡さんは気づきました。起業したあとも、「会社に入ったほうがいいのかもしれない」「雇われたほうが楽なんじゃないか」と、何度も心が揺れていました。

でも、自分の本心を整理して、「どこかに属するのではなく、自分の力で生きていこう」と決意します。それは、ようやく自分の“外側”と“内側”がつながった瞬間でした。

これまでは「社会に認められてお金を稼がなくちゃ」という思いが先に立っていたけれど、「ヨガで体が整うと、心も自然と整っていく。そのことを伝えていきたい!」その思いを講師として伝えていくうち、自然とお金や人とのつながりが巡り始めたと睡さんはいいます。そんな「心と体・お金・仕事」が調和するサイクルに、ようやく入ることができました。

「自分は何もできていない」と感じていた日々。けれど振り返ってみると、たくさんのものを手にしていたことに気づきました。「そのままの自分で、よかったんだ」――そう思えるようになったといいます。
それとともに元夫や父母、子どもたち、みんな自分のことを思ってくれていたと感じ、以前よりも愛にあふれ、理解しあえる関係性に変わっていきました。

 

「日々、育んできたものは、いつか花開く。みんな、自分の才能で、ちゃんと立てるんだ」。
睡さんは今も、企業や人の才能を開いていくカウンセリングを職業として行いながら、音声SNSアプリ「stand.fm(スタンドエフエム)」で「ヨーガと雑談」というライブ配信を毎日継続し、メッセージを伝え続けています。
「いつか法然上人のように、あるいは瀬戸内寂聴さんの『寂庵』のように、私ながらのやり方で、同じように壁にぶつかった人たちが心を開いて、癒やせる場所をつくれたら」。
そんな壮大な夢を描きつつ、40代後半を駆け抜けようとしています。

 

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ワーケーションを始めた。歯の矯正を始めた。離婚を決意した……などなど、小さなことから大きなことまで歓迎です。人生の後半戦で「自分を大切にする」、「自分のために人生を生きる」そう決意したストーリーが、他の人を励ますことにつながります!

 

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■編集部より■

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