「パパになる」呪縛。36歳男性、子連れ婚からわずか半年でレスに陥った、誰にも言えない理由「僕は夫なのか、ただの同居人なのか…」
日本では夫婦間の「レス」が深刻な社会問題になっています。夫婦生活の頻度が月に1回未満の状態を一般的に「レス」と定義しますが、リクルートが運営する『パートナーシップ調査2024』など複数の調査によると、この状態にある既婚カップルは5~6割にも上り、年々増加傾向にあります。夫婦間の性的な触れ合いが途絶えると、お互いの心にも少なからず影響を及ぼし、パートナーへの愛情や自己肯定感にも関わってくるため、その悩みは深刻です。
今回お話を伺ったのは、ウェブデザイナーとして働く智さん(仮名・36歳)。ちょうど1年前、バツイチで当時5歳の息子(現在6歳・小学1年生)を女手一つで育てていた美香さん(仮名・38歳)と結婚しました。智さん自身は初婚です。交際期間は約1年半。最初の半年は二人きりで会う時間を重ね、その後、少しずつ美香さんの息子である陸くん(仮名)を交えての外出を増やしていきました。週末のたびに遊びに行くうちに陸くんが智さんに懐き、自然な流れで「パパ」と呼んでくれるようになったタイミングで結婚へ。しかし、結婚後半年でレス関係となってしまい、智さんの悩みは深まるばかり……。
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【無子社会を考える #34】後編
※個人が特定されないよう設定を変えてあります
※写真はイメージです
「言えない」という最大の罠。優しさが生む断絶
レスの問題が深刻なフェーズへと移行する最大の原因は、「夫婦間で話し合いができないこと」にあります。特に智さんのようなステップファミリーの場合、そのハードルは初婚同士の夫婦よりもはるかに高いのです。ご自身の今の苦しい気持ちや、夫婦関係に対する危機感を、奥様に正直に伝えたことはあるのでしょうか。
「言えないですよ、絶対に。そんなこと言ったら『私は毎日家事と育児と仕事でクタクタになって限界ギリギリで生きているのに、あなたは自分の性欲のことしか考えてないの?』って激しく責められるに決まってます。それに何より、『私たちがスキンシップを取れないのは陸のせいだ、陸の存在が邪魔だと言いたいの?』と誤解されるのが一番怖いんです。僕にとって陸は本当に可愛いし、大切な息子になりつつあります。だからこそ、子どもの存在を言い訳にしてセックスレスの不満を妻にぶつけるなんて、血の繋がらない父親として、人間として最低の行為だと思ってしまう。その言葉だけは絶対に飲み込まなければいけないと、自分に言い聞かせています」
智さんの葛藤は、令和の時代を生きる男性が抱える特有の「優しさのジレンマ」を如実に表しています。妻の苦労を思いやり、子どもを第一に考え、自らの欲求は「利己的で卑しいもの」として抑え込む。それは現代の倫理観やモラルとしては大正解かもしれません。しかし、その過剰な配慮と自己犠牲が、結果として夫婦間の決定的な断絶を生んでしまっているのです。
「でも、このまま何もしなければ、僕たちは夫婦ではなく、ただ家賃と生活費を折半して子育てというプロジェクトを回すだけの、ただの同居人になってしまいますよね。もう半分、そうなりかけている自覚はあります。日々の会話は陸の学校のことか、来月の引き落としのことばかり。お互いの仕事の話や、二人きりの未来の話なんて全くしなくなりました。休日に三人でショッピングモールに出かけて、フードコートでご飯を食べている時、はたから見れば僕たちは絵に描いたような幸せな家族に見えるでしょう。でも、僕の心の中には常に、北風のような冷たい風が吹いているんです。俺は一体、この家は何なんだろう。誰の何のために、ここで息をしているんだろうって」
智さんのようなケースは、決して彼らだけの特異なものではありません。初婚同士であっても、出産を機に「夫婦」という関係性が「親」という役割へと強制的に上書きされ、そのままスキンシップを喪失してしまう夫婦は山のようにいます。それが子連れ婚の場合、最初から「親」としての完成度を求められるため、夫婦としての猶予期間や移行期間がないまま、いきなり過酷なレスの荒野へと突入してしまうのです。
夫婦か、親か。「正解」がもたらす出口のない迷路
では、どうすればこの深く冷たい呪縛から抜け出せるのでしょうか。夜の密室が難しいのであれば、日常の明るい時間帯に何気ない触れ合いを持てばいいのではないか。はたから見ればそう思えるかもしれませんが、智さんにとって、それは「夜の誘い」以上に越えられない壁でした。
「子どもが起きている前で、夫婦らしいスキンシップを取るなんて、今はもう考えられません。いくら親同士とはいえ、子どもの前で男女の匂いを出したり、触れ合ったりするのは、どうしても気持ち悪いと思ってしまうんです。僕自身がそうやってブレーキをかけてしまうし、美香はもっと強い嫌悪感を示すはずです。『陸の前で何やってるの、不潔だ』って」
ステップファミリーという繊細な環境だからこそ、彼らは「親としての正しさ」にどこまでも強く縛られています。子どもの前では、いかなる時も清廉潔白な保護者でなければならない。その強固なモラルが、夫婦としての自然な触れ合いすら「不純なもの」として退けてしまうのです。
「陸が一人立ちするまで、あと10年以上。それまでずっと、僕は自分の感情に蓋をして、良き父親の仮面を被り続けるんでしょうね。でも、10年後、陸が巣立った時、美香の隣にいる僕は果たして『夫』なんでしょうか。それとも、ただ一緒に子育てという業務をこなしただけの『同居していたおじさん』になっているのか……。正直、もうどうしていいか分かりません」
すっかり冷めてしまったコーヒーを見つめる智さんの横顔には、深い徒労感と諦めが張り付いていました。
子連れ婚において、子どもへの最大限の配慮は絶対に必要です。しかし、その配慮を完璧にこなそうとすればするほど、夫婦の繋がりという最も重要な基盤が静かに削り取られていく。夫婦の土台が揺らげば、結果的にその歪みはいつか家庭全体に暗い影を落とすかもしれないのに、彼らには「今、親として正しく振る舞うこと」しか選べないのです。
「触らないこと」「欲求を隠すこと」が、本当に正しい思いやりなのでしょうか。
しかし、住環境がそれを許さず、親としての倫理観が強固なストッパーとなるのなら、行き場を失った「男」と「女」の切実な感情は、一体どこへ向かえばいいのでしょうか。
「良き父親」になろうとすればするほど、夫婦が壊れていく。現代の多様な家族の形が突きつけるこの残酷なパラドックスに、明確な答えはまだ見えません。
智さんの静かな絶望は、決して彼一人の特別なものではなく、令和の時代を生きる多くの男性たちが人知れず抱えている、深く冷たい闇の入り口なのかもしれません。
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