怒鳴られたことは一度もないのに苦しい。行動を否定され続けた妻の違和感、気づきにくい「サイレントモラハラ」の正体とは
夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。働く女性は、モラハラやDVの夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情から、支配的な配偶者との結婚生活を続けている人は少なくないのです。
オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載。今回は、「怒鳴られたことは一度もないのに、なぜこんなに苦しいのだろう」と長年悩み続けてきたFさんのお話です。
【実録・カウンセラーから見たモラハラ】#103 前編
誰からも「いい人」と言われる夫
怒鳴られない、手を上げられない、それでも息が詰まりそうな夫との生活
夫は怒鳴らない。手を上げることもない。誰からも「いい人ですね」「素敵なご主人ですね」と言われる人でした。それなのにFさんは、結婚してからというもの、毎日どこか息が詰まるような感覚の中で生活していました。
何かがおかしい。でも、何がおかしいのか言葉にできない。誰かに話そうとしても、何があったのか説明できない。それなのに、確かに苦しい。自分でも、何が苦しさの原因なのかわからないのです。「これはモラハラかもしれない」そんな考えは、Fさんの頭にはまったく浮かびませんでした。モラハラとは、怒鳴られたり、罵倒されたり、もっとわかりやすいものだと思っていたからです。
けれど実際には、声を荒げなくても、人の心を支配することはできるのです。Fさんが長年経験してきたのは、「サイレントモラハラ」と呼ばれるものでした。
言ったことを「言ってない」と覆す夫
Fさんがいつも疑問に思っていたことがあります。それは、夫が、自分の言ったことを「言っていない」と覆すことでした。前日に夫は、確かにそう言っていたのです。けれど時間が経つと、夫は涼しい顔でこう言います。「言ってないよ。勘違いじゃない?」最初は、自分の記憶違いかと思いました。でも、それが何度も続くのです。
洗濯機の調子が悪いから買い替えようと話したことも、「そんな話した?今の洗濯機で問題ないでしょ」子どもの行事の日程を確認し合ったはずなのに、「俺は聞いてない。今さらそんなこと言われても予定が入っているから」と取り合ってもらえません。「絶対に言った」そう伝えても、夫はただ一言、「君の勘違い」と言って済ませてしまうのです。
ある日、Fさんは夫との会話をこっそりメモし始めました。「今日こう言った」「この約束をした」そうして記録しておけば、証明できると思ったからです。けれど夫は、メモを見せても「それがどうした」と言うだけでした。それどころか、「そんなことを記録しているのか」と冷たい視線を向け、Fさんの行為そのものを否定したのです。
このような行為は、心理学では「ガスライティング」と呼ばれています。相手の記憶や感覚を繰り返し否定することで、「自分がおかしいのかもしれない」と思わせていく心理的支配です。夫本人に「支配しよう」という自覚がなくても、繰り返されることで、相手の自信は少しずつ奪われていきます。
「昨日こう決めた」「あの時こう言った」こうした、ごく普通のやり取りを信じているからこそ、私たちは日常を過ごすことができます。けれど、それを繰り返し否定されると、自分への信頼が少しずつ崩れていきます。最初は「記憶違いかもしれない」と思っていたものが、やがて「自分の判断はあてにならないかもしれない」という感覚へと変わっていくのです。
さらに進むと、何かを決めることそのものが怖くなっていきます。「また間違えるかもしれない」その不安が、日常のあらゆる場面に広がっていくのです。Fさんの場合も、まさにそうでした。
夫に傷ついたと伝えれば、「そんなことで傷つくの?」と言われる。あなたは言うことを変える、と伝えれば、「考えすぎじゃない?」の一言で片付けられてしまう。すべてを否定される、その繰り返しの中で、Fさんは少しずつ、自分の感覚を信じられなくなっていきました。
共感力の低い夫との生活で、自己肯定感が下がり…
人は誰でも、共感してもらうことで自分の存在を確かめています。「そうだよね」「大変だったね」自分の話を肯定されることで、安心し、ホッとすることができるのです。ところがFさんの場合、夫に何かを伝えるたびに、「そんなことで?」「気にしすぎ」と言われ、肯定されることは一度もありませんでした。
ずっと否定され続けると、怒りも、悲しみも、違和感も、「これは気のせいかもしれない」と処理するようになっていきます。これが、モラハラによる感情麻痺です。夕飯のおかずが一品少なかった日、夫はため息をついて、こう言いました。「君は何一つ完璧にはできないんだね」怒鳴るわけではなく、静かに、淡々と。だからこそFさんは、反論できませんでした。
もし怒鳴られていたなら、「それはひどい」と思えたかもしれません。でも、静かに「できないんだね」と言われると、「私はダメなんだ」と思ってしまうのです。声を荒げない言葉の方が、心に深く刺さることがあります。怒鳴り声は「攻撃された」と認識できます。でも、静かな否定は、そのまま「事実」として心に入り込んでくるのです。
話を途中で打ち切られることも、日常的で
何かを相談しようとしても、「もういいから」と打ち切られてしまいます。最後まで話を聞いてもらえることはありませんでした。最初のうちは、なんとか話を聞いてもらおうと、タイミングを変えたり、言い方を工夫したりしていました。けれど結果は、いつも同じでした。話しかけるたびに遮られ、冷たい目で見られるのです。そのうちFさんは、言葉を口にする前に考えるようになっていきました。
これを言ったら否定される。これを伝えても、返事はもらえない。
夫に言う前に結果を予測し、言わない選択をする。その繰り返しの中で、Fさんの中にあった「伝えたい」という気持ちそのものが、少しずつ消えていったのです
言葉を飲み込むことが習慣になると、自分が何を感じているのかさえ、わからなくなっていきます。感情は、言葉にしようとするから輪郭が見えるものです。言葉にすることを諦めてしまうと、やがて感じることさえできなくなっていくのです。
カウンセリングの現場で、こうした方によくお会いします。「夫の何が悪いのか、うまく言えないんです」そうおっしゃる方は、言語化が苦手なのではありません。長い間、感じたことを否定され続けた結果、感情そのものへのアクセスが失われてしまっているのです。Fさんも、その一人でした。
本編では、怒鳴られることもなく、外では「いい夫」と言われる存在に違和感を抱きながらも、自分の感覚を信じられなくなっていったFさんの心の変化についてお伝えしました。
▶▶「おかしかったのは私じゃなかった」気づいた妻が取り戻した自分の感覚
では、自分の置かれている状況に気づいたFさんが、どのようにして自分の感覚を取り戻し、新しい人生を選んでいったのかについてお届けします。
※本記事は、相談者様への敬意と守秘義務に十分配慮したうえで、モデルケースとして編集・再構成しお届けしています。特定の人物や事例を示すものではありません。
※写真はイメージです
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