蹴られても誰にも言えなかった。「夫婦なんて、そんなもの」自分にかけていた呪いを断ち切った日。友人に真実を打ち明け、一歩前に踏み出した私は
誰にも信じてもらえないのでは、という苦しさ
Aさんがこの苦しさを誰にも打ち明けられなかったのは、夫が外では「いい人」だったからです。勇気を出して相談しても、「あんないいご主人がそんなことをするの?」「何かの勘違いじゃない?」と言われてしまうのではないか。そう思うと、怖くて誰にも話せませんでした。
自分の話を信じてもらえない。誰にもわかってもらえない。そんな苦しさから、Aさんは少しずつ人付き合いを避けるようになっていったのです。相談できる相手が減っていくことは、モラハラをする側にとって、とても都合のいい状況です。モラハラをする人は、自分が家庭の中でしていることを、外の人に知られることを恐れているのですから。
だから外では「優しい夫」を演じます。そして、妻が勇気を出して相談しても、
「あの人がそんなことをするはずがない」
と思われる状況をつくってしまうのです。
Aさんは、夫に何も頼まなくなりました。自分の意見も言わなくなりました。「夫に逆らわなければ、暴言を浴びせられないかもしれない。黙っていれば、子どもの前で怒鳴られずに済むかもしれない」そう考えるようになっていたのです。
「夫には何も言わないほうがいい」
その考えは、一見すると家庭を守るための知恵のようにも思えます。でも、それはAさんが自分の感情を押し殺して生きることでした。悲しいのに、悲しくないふりをする。おかしいと思っているのに、そう思わないことにする。怖いのに、平気なふりをする。
それを続けているうちに、人は自分が本当は何を感じているのかさえ、わからなくなってしまいます。夫の無視も、Aさんの心を傷つけました。Aさんが、「保育園のことなんだけど」と話しかけても、夫は携帯電話を見たまま返事をしません。「聞いてる?」そう声をかけても、何も言わずに画面を見続けるだけです。
夕飯を出しても、「いただきます」も、「ごちそうさま」もありません。気に入らないことがあると、ため息や舌打ちばかり。テレビの音量を上げ、一人でお笑い番組を見て笑っています。
子どもが、
「パパ、見て」
と話しかけても、機嫌が悪い日は無視します。その姿を見るたびに、Aさんは胸が締めつけられる思いでした。
それでもAさんは、誰にも相談できませんでした。「夫婦なんて、そんなものだよ」「それくらい、どこの家でもあるよ」「あなたも言い返すから悪いんじゃない?」そんなふうに言われるのが怖かったのです。
ある日、Aさんは学生時代の友人と久しぶりに会いました。最初は子どものことや仕事のことなど、他愛のない話をしていました。友人は昔と変わらず、Aさんの話を穏やかに聞いてくれます。その安心感の中で、Aさんは少しずつ夫のことを話し始めました。
無視されること。「バカ」「役立たず」と言われること。
子どもを抱いているときに蹴られたこと。
外では優しい夫の顔をしているため、誰にも信じてもらえない気がして、ずっと誰にも言えなかったこと。
話しているうちに、Aさんの手は小さく震えていました。
「こんな話をして、ごめんね。私が大げさなのかもしれない」
そう言うと、友人は迷うことなく答えました。
「それはモラハラだよ。大げさなんかじゃない」
Aさんは息をのみました。
友人は静かに続けました。
「私もモラハラで離婚したの。だからわかる。最初は自分が悪いと思わされるんだよね。でも違う。無視も暴言も暴力も、夫婦げんかじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、Aさんの目から涙があふれました。初めて、自分の話を疑わずに聞いてくれる人がいたのです。
「私がお願いした弁護士さん、紹介するよ。すぐに離婚を決めなくてもいい。でも、知識を持つだけでも全然違うから」
その言葉を聞いたとき、Aさんの中で何かが静かに動き始めました。
「私はこのまま我慢しなくていい」と気づいた 次ページ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
















