コミュ力低すぎ!揶揄される「いかにも東大生」通称イカ東。彼らが嫌われる「残念なこだわり」とは

イカにも東大生。略して”イカ東”

イカ東(いかにも東大生の略)というのは、東大生を悪く言う典型的な言い方である。カジュアルなので、言われても傷つかないが、褒め言葉ではないからキャンパス内で使うことはない。

 

それでも、ごくごく稀に、”イカ東”と呼ぶべき人間と出会うことがある。本当は、どうしようもなく下品な言葉で呼称したいが、美意識が邪魔して”イカ東”程度で済ませている。

 

先日、こんなことがあった。

 

東大の友人数人で集まって、紹興酒を飲んでいた時のこと。そこには、高校生の頃から大学数学を独学で学び、東大では数学の研究をしている知人がいた。

 

筆者は、常日頃から疑問に思っていた、「どうして数学の授業は証明をさせるのか」を問うた。

 

中学・高校と数学の授業では公式や定理の証明の時間ある。教員が黒板に書いた計算式をノートにひたすら写す時間は、筆者にとって無意味だった。目的を知らされずに作業を強制されるのは非効率的である。いまやっている作業の何が重要で、どこを記憶すべきなのか知らなければ、写経しても意味がない。

 

証明の書き写しは、東大に入っても続いている。経済学の分野では数学を用いるので、授業中にやらされる。高校生の頃から20年以上抱えていた、「これって何の意味があるのか。結果だけ知っていればいいのではないか」という疑問が記憶の奥底から浮かび上がってきた。

 

このような疑問は、数学を専門的に勉強している人間に聞いた方が良い。知人に聞くことにした。

 

筆者「数学ってなんで証明を書かせるの?結果だけ覚えるのはだめ?」

知人A「証明しなきゃ、それが正しいかわからないじゃん」

友人B「世の中の物事は大抵そうじゃない?日常生活でこれが安全だとかこれは安心だとかすべてを確かめはしないよね。誰かの保証を信用して生きている」

知人A「そういう証明をなぜ数学者だけに押し付けるのか」

 

そんな話はしていないと言いたかったが、他人の疑問に答える気のなさそうな鋭い眼光に辟易してやめた。すでにどこかの数学者がやった証明を単なる学習者が行う必要があるのかという疑問に対し、真摯に答えていない。目の前の人間に対する親切心と感謝が足りない。そんなことを言ってやりたかったが、筆者はそこまで優しくないのでやめた。

 

▶人をイラっとさせるコミュニケーション能力が低い東大生の実態

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