今も「偏差値が高い大学を目指す」意味がある?先が見えない時代、親は教育のゴールはどこに見据えるべきか【菊池省三先生インタビュー】
先が見えない時代、子どもが身につけるべき能力は。教育のゴールはどこに?
ー昔は、暗記としての勉強を頑張って、いい大学に行って、いい会社に就職すれば一生安泰、幸せだというレールがありました。でも今は先が見えない時代の中で、子どもに暗記としての勉強を強いること、「勉強しなさい」ということが本当に将来を生き抜く力になるだろうか、と親として疑問に思うことがあります。
「そうですね。『生きて働く知識・技能』という言葉があるでしょう。学校で学ぶことが『生きて働かない知識・技能』だったら意味がないわけです。豊かなコミュニケーションや価値判断というのは、ある程度の知識・技能も絶対必要です。ですから、『正解・不正解があるような知識』、『正解のない問いを自分の頭で考えること』、どちらも総合的に伸ばしていくことが大事だと思うんです。でも今は、生きて働かない知識・技能を押し付けるしかないような授業スタイルがまだまだ横行しているんじゃないかと思います。例えば、コミュニケーションの授業で、自分の意見を言うには知識・技能も必要だから、勉強しますよ。どちらも補完し合うものだということです」
ー先生はさらに著書の中でこんな風に述べています。藤原和博さんが体系的に整理し、広めた言葉「絶対解と納得解」について「私なりの解釈も加えて」と断りを入れつつ話している箇所です。
「絶対解というのは、もう答えが決まっているということですね。一般的に言えば正解主義です。テストの点数で測れる『学力』です。1+1=2というのが絶対解です。
現在の日本の教育現場の主流でしょう。『できる・できない』で子どもたちを分けるものでもあります。100点満点としてできない問題の点数を引いていく減点法の評価基準とも言えます。
これはじつは、排除の論理へと向かいがちです。できないから、そのできない状態がひどいから『来年度は支援学級に』という構図も、ある意味生まれやすくなってくると思います。
私の立場は、この絶対解的な考え方をすべて否定するということではありません。子どもが社会に出ていくにあたり、暗記すべき項目やルールというものは存在します。それができるか、できないかという厳しさは必要なものです。
しかし、『それがすべてではない』ということです。『絶対解だけだ』というのが、絶対解ではないのです」
そして先生は続けます。
「これに加え、学校教育の現場では「納得解」という観点を持つべきだと思うのです。それは、「みんなでつくっていくこと、考え続けて、見つけ続けようとすること」であると、私は定義したいです。
絶対解だけを重視して、その型からはみ出る子を排除するという発想ではなくて、それぞれの子どもの意欲を重視しつつ、みんなでつくっていくという教育観です。
加点法でもあります。絶対解が「そこに合わなかったらダメ」という減点法なら、納得解は逆に「ここはいいよね」という加点法です。
ダイバーシティ、という言葉が言われて久しいです。多様性の尊重ということです。多様な意見が尊重されていく社会になろうとしているわけですから、そこに学校教育も当然のごとく対応していくべきでしょう」
▶家庭でできることは
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