「妻に、もう一度求めてほしかった」外に逃げた47歳夫の告白。痛烈な遠回りを経てたどり着いた「10数年目の本音」

2026.07.31 LOVE

正直に言えば、今もふとよぎる瞬間がある

ここまで語ったあと、ヒロユキさんはしばらく黙り込み、それから絞り出すように付け加えました。きれいごとで終わらせたくない、と前置きをして

「妻と向き合うと決めて、実際に少しずつ話せるようにもなって……それでも正直に言えば、今もふと欲望がよぎる瞬間があるんです。外でなら、また誰かに求めてもらえるんじゃないかって。あのとき感じた『自分がまだ男でいられる感覚』をもう一度、って思ってしまう自分が確かにいるし、やっぱり求めたくなる時があります」

不倫の虚しさを身をもって知ったはずでした。埋めたかった穴は外では埋まらないとはっきりわかったはずでした。それでもなお渇きは理屈どおりには消えてくれない、とヒロユキさんは言います

「頭ではわかってるんですよ。外に出ても同じことのくり返しだって。でも妻との関係はすぐには変わらない。話せるようにはなったけれど求め合える関係に戻れたわけじゃない。その宙ぶらりんの時間が一番きついんです。目の前に水があるわけでもないのに喉の渇きだけは続いてる、みたいな。頭と体は別じゃないですか。肯定できないですが」

再発を防ぐ特効薬のようなものは見つけていないといいます。ただ一度目と違うのは、その気持ちを「なかったこと」にしないと決めたことでした

「前はこういう気持ちを自分でも見ないふりをしていて、気づいたら暴走していた。だから今は『ああ、俺いま外に逃げたくなってるな』とちゃんと認めるようにしてます。認めた上で、じゃあ本当に欲しいものはそこにあるのかって毎回自分に聞き直す。かっこ悪いですけれど、その繰り返しでしか踏みとどまれない気がして」

やり直すと決めた人間の中にも揺らぎは残り続ける。その揺らぎごと抱えて歩くしかないのだと、彼は自分に言い聞かせるように語りました

「一度外を知ってしまった人間は、もう知らなかった頃には戻れないんですよね。だからこそ選び続けるしかない。今日も妻を選ぶ、明日も選ぶって。それしかないんだと思います」

 

 

「求める側」の孤独に、出口はあるか

外に答えを求め、それが答えではなかったと知り、遠回りをして戻ってきた——ヒロユキさんがたどり着いたのはテクニックでも新しい刺激でもありませんでした。自分が本当に求めていたのは見知らぬ誰かではなく、隣にいる人にもう一度求め、求められることだったというシンプルな願いでした

「誘う側がしんどいなんて贅沢な悩みだって言われるかもしれません。でもしんどいものはしんどいんですよ。その行き場のなさを甘く見ると、僕みたいに一番大事な人を傷つける方向に暴走する。実際、僕はそうなった。だからえらそうなことは何も言えないんです」

尊敬している人を一人の女性として求められなくなる。その乖離は、多くの夫婦がひそかに抱えながら口にできずにいるものです。ヒロユキさんのように外へ流れ出してしまう人もいれば、静かに枯らしたまま蓋をする人もいる。どちらも根っこにあるのは同じ孤独なのかもしれません

「同じ立場の人がいたら伝えたいことがあるんです。傷つかなくなったときが一番危ないよって。無感覚を強さと勘違いしないでほしい。そしてその行き場のない気持ちを、どうか外に持ち出す前に勇気を出して相手に伝えてほしい。僕が失敗したぶん、それだけは言いたいんです」

大切なのはレスを「どちらかが応じれば解決する問題」として捉えないことなのかもしれません。誰が誘い、誰が応じるのか。その役割をどちらか一人が背負い込んでいないか。背負っている側の消耗が行き場を失って外へ暴走する前に、二人はその気持ちを分け合えているか。問われているのは夫婦生活の有無そのものよりも、二人のあいだに横たわる役割の偏りとそれを言葉にできるかどうかのほうです

「妻と、また一からやり直してるところです。正直、この先どうなるかはわからない。隠しごとを抱えたままで本当にやり直せるのかって自分でも思います。でも遠回りしてやっと気づいたんです。僕が求めたかったのはほかの誰でもなくて妻だったって。それだけはもう間違えたくないんです。でも体は別に求めるかもしれませんね」

求める役割を一人で抱え込まず、その気持ちを外へ持ち出す前に分け合える夫婦のかたちとは——。その答えを、ヒロユキさん夫婦はまだ二人のあいだで探している途中です。けれど探すべき場所がどこにあるのかを、彼は痛い遠回りの末にもう知っています。それは家の外ではなく、隣にいる人とこわがらずに気持ちを言葉にできる、その手前のところにあるのです

このヒロユキさんの心の葛藤について、あなたはどう感じましたか? 取材をしていると、こんな人間模様に遭遇することがよくあるのです

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