小学校受験で憧れの有名伝統校に入学するも、公園で一人うずくまった息子。「外こもり」を経て中学で見つけた居場所

2026.09.16 LIFE

取り組みに3年以上かかる中学受験に比べれ、平均して1年半程度と短期決戦、しかも親が9割頑張れば決着がつく小学校受験。しかし、その特徴があるからこそ、がんばりすぎた母親が病みやすい受験でもあります。

 

東京では11月1日が小学校入試の解禁日。9月下旬解禁の埼玉校、10月下旬解禁の神奈川校を受験しつつ、子どものコンディションを整えながら、出願書類を提出するこの時期は親子ともストレスのピーク。「全身に蕁麻疹が出て苦しんだ」「月経が止まった」「眠れず心療内科を受診し睡眠薬頼みになった」「子どもが夜泣きをするようになった」などの悲鳴が上がります。

 

小学校入試は試験も独特。書類の到着順で入試の呼び出し順が決まる学校もあれば、誕生日順、逆誕生日順など学校ごとに異なるため、複数校を受験する場合は出願ひとつとっても「気が抜けない」のです。

 

国内の精密機器メーカー勤務の奈央さん(仮名:46)は、中2男子と小5女子を育てるワンオペママ。いまから8年前に長男の小学校受験を体験しました。前編『「小学校受験する?それとも夫の中国赴任についていく? 」受験を選んだワーママを待っていた「想定外すぎる日々」』に続き、長男の小学校受験の直前期について振り返ってくれました。

 

【どうする?小学校受験と中学校受験】#16後編

 

自分よりハイスペックで忙しいキャリアママが余裕そうに見えることが「うらやましい」

「一番こたえたのは、『仕事を回す』ことには自信があった私が、受験のスケジュールを回せなくなったことです。育休中にもかかわらずです。他のお母さんは、医師や会計士などシゴデキの30代が多く、激務の合間を縫って完璧な笑顔で子供に寄り添っているのに」

 

そんななか、自宅が近所で、Jの後に子連れでお茶をするようになった女の子ママは内科医でした。

 

「ご実家のクリニック勤務とはいえ、そうそう休めません。それでも、小児科医のご主人と二人三脚で伴走して。さらに、お子さんのワンピースを縫い、魔法少女アニメのステッキまで紙粘土で手作りなんです。アクリル絵の具色付けまでしてあって、クオリティが高い」

 

ママ友は、工作について「メンタルが落ち着くから」と話したそう。ちなみに奈央さんは、学校によっては、制作や巧緻性を見る課題もあることもあり、工作や折り紙がとにかく苦手な息子の様子を気にしていたといいます。

 

「彼女は時折、仕事関係の人から紹介されたというキッズシッターサービスを利用していましたが、そこも預け切りではなくて、意外にママやパパが寄り添うスタイル。まずママの体力が尋常じゃないし、知性も性格も、お子さんのお行儀も完璧。彼女と一緒にいるととても楽しい反面、不器用親子としては劣等感、敗北感で泣き笑いです。『どこにそんな時間があるの?』って聞いちゃいました」

 

医師ママは、「疲れたりイライラしたら衝動的に工作に走るだけだよー」と答えたそう。

 

「彼女とお嬢さんにヤキモチを焼いて、笑顔で向き合いながらも胸がチリチリした時期があります。なのですが、彼女は気遣いの面でもモンスター級の才能で、優しい。時には『ウチみたいに夫婦ともに地方出身だと、伝統校では何の強みもないよ』と弱音を吐くことすらあって……私から見れば何でも持っているように見える人にも、悩みはみんなにあったんですね。なのに当時の私は、自分にないものばかりを数えていたんです」

 

医師ママにもらったバッグの縫い目をチェックして気が付いた「私がおかしい」

「今の私なら、医師ママの謙遜は本音だったと分かります。ちなみに、息子が手作りの手提げをうらやましがったとき、『仕事のことでついカッとなって夜中に縫った。よかったら』と、同じようなものを作ってくれたんです。病んでいると、そんな優しいご好意でさえマウントに思えて……。眠れない夜が続いて、夜中にいただいたバッグの縫い目をチェックしている自分に気づいたとき、『あ、私がおかしい。病院行こう』と思えました」

 

心療内科を受診した奈央さんは、服薬を始め、育休後に予定していた職場復帰を遅らせることを決めます。

 

「心療内科の医師からは、今の状態での復職は止められて、育休を4年目も取ることにしました。いわゆるドクターストップです。収入が減る焦りもありましたが、『一回リセットしよう』と。金銭的にも能力的にもできないことは諦めて、頼れる人に頼りプロに教えを請う覚悟ができました」

 

しばらく休める。できないことは諦めよう。そう決めた時、心が軽くなったという奈央さん。

 

「心療内科に通って変わったのは、下の子への接し方ですね。食物アレルギーがあるからと、保育園以外で食べるおやつも手作りしていました。そのくせ疲れてしまいあまり遊んであげられない。それが『成分を確認すれば市販のものでもいい』と力が抜けて、笑顔で一緒に遊べるようになりました。すると、いつの間にか娘の『爪を噛む癖』も治っていました」

 

服薬と通院と休養のおかげで、医師のママ友へも嫉妬も和らぎ、おすすめのお菓子をお渡しするなど、ほどよい距離感で仲良くできるようになったと奈央さんは振り返ります。

 

夫はどこか他人事で今さら「インターにすればいいのに」の仰天発言も

「それ以降、息子の伴走は、『私は送迎屋』だと思って、割り切ってタクシーで走り回りました。受験対策はプロにお任せです。分からないことは質問し、親も子も素直に言われたことをやる。それだけ。そう思って、目の前のタスクをひとつひとつこなしていくうちに、泣いても笑っても11月がやってきました」

 

奈央さんには、年長になってからの数ヵ月は「ずっと焦ってはいるのに薬でブレーキをかけている」不思議な時間だったそうです。

 

「夫は多忙な時期でしたが、第1志望と第2志望の面接だけは帰国してもらいました。ありがたかったです。でも、ここまでほぼ一人で伴走してきた私と、久しぶりに帰ってきた夫では、小学校受験に対する温度差がすごかったですね。『海外赴任もあるなら、インターにすればいいのに』なんて試験当日に言う無神経さです。『じゃあ早く言えよ。あんたの両親に』と怒鳴りそうになりましたが、無視をして、張り付いたような笑顔で面接に挑みました」

 

一方の夫は母校に来たことで気分が高揚したのか、「あの先生、俺らのころからいるよ」とどこか余裕の表情。ところが、この学校とはご縁がありませんでした。

 

「夫の母校でもある第1志望の不合格を知ったのは、別の学校の試験を控えているときでした。落ち込んでいる暇もなく、翌朝にはまた紺の服を着せ、次の学校へ向かいました」

 

靴擦れをした子供の絆創膏を買いに走る夫 予想外の受験日のバタバタ

小学校受験は出願して受験票が戻ってくるまで何日何時にどの学校が受験できるかがわかりません。1つの試験が比較的短時間で終わるため、たとえば1日の10時に第一志望の池袋、11時の吉祥寺は無理なので辞退して、13時に願望校の西国分寺など、移動しながら複数校を受験することになります。

 

「そんな綱渡りの移動も含めてシミュレーションしたはずの受験ですが、当日に変数はつきもの。靴を履き替えるときに靴ずれを見つけ、慌ててコンビニでばんそうこうを買い、それでも痛がる息子を抱き上げて移動しました。そんなとき、『言わないとやらない』夫にイライラしたのも本音です。夫にばんそうこうを買うように指示していて、気がつきました。多分私、身近な誰かに『次は何をすればいい?』と聞きたかったんですよね。指示する方ではなく、買いに行く係がよかったです」

 

合格することができた第3志望の郊外の学校・B学院は、N君が遊具を気に入ったところでした。

 

「ご縁をいただいたときは、ほっと胸が軽くなりました。胸につかえていたものが、すっと溶けたみたいに。第2志望だった義父の母校は補欠でしたがそれでも嬉しくて。半ば、郊外のB学院への進学を決めかけたとき、義父の母校から繰り上げ合格の一報が入り、義実家は大喜びで祭り状態になりました」

 

奈央さん曰く、N君本人が強く主張しない限り「B学院にも行きたい気がする」とは言えない雰囲気だったそう。

 

「自由で広いB学院も、もったいないとは思いました。ただ、距離もあるので私にとっても第2志望合格はありがたい話です。親子で大喜びして、A大学付属小学に通わせていただくことにしました」

 

家の前の公園で「学校に行きたくない」と泣いてうずくまる息子

「そんな息子も、内部進学をして中学2年生になりました。今は楽しく学校に通っていますが、じつは小学3年生のころ、一度、学校に行けなくなったことがあります。理由はささいなことでした。息子は妹がいるせいか仕切りたがるところがあって、少ししゃしゃり出すぎるタイプ。それで、仲の良かった2人に煙たく思われたようです。別にいじめでもなく、距離を置かれた、っていうレベルのトラブルでした」

 

夏休み明け、家の前の公園で『学校に行きたくない』と泣いているのを窓から妹に発見されたN君。

 

「スクールカウンセラーに相談し、思い切って夫の赴任先で1か月過ごさせることにしました。担任のベテラン教師も親身になってくれ、家庭の事情によるお休み、として対応してくれました。内部進学にも影響もなく、感謝しています。帰国するころにはクラス替えも近づいていて、息子も少したくましくなっていました」

 

そんなふうに、張り切ってでしゃばりすぎては和を乱し、ちょっと煙たがられる。その後も、ときどき学校から離れて「そとこもり」をすることがあったといいます。

 

「正直、『伝統校より、郊外の自由な学校にすればよかったかな』と思うこともありました。夫の赴任先ものんびりした立地で、私の実家も田舎。長男はそんな環境で落ち着くように見えました。『私は学校選びを間違えたのか』と悩んだりしていましたが、中学進学で、事態が大きく動いたんです」

 

中学になってガラッと変わった「伝統校の世界観」と息子の良い変化

中学に上がり、のんびり、おっとりした水槽に、ワッと飛び込んできたのは、中学受験でしのぎを削ってきた、いきのいい魚のような生徒たち。

 

「好奇心旺盛な息子はそこに飛びつき、恐竜好き、カードゲーム好きの友人をいち早く見つけました。同じ学校に小学校から通った義父も、『いいじゃないか。秀才が来たかー。小学校からの仲間だけで集まらないで、どんどん遊べ。出世するぞー。俺のときはほら、あの有名な……』と、旧友自慢を始めました。孫に良い流れができたことを、自分の経験からシェアしてくれたのかもしれません」

 

N君にとって、品がよすぎて少し萎縮していた場所が、いつの間にか自分で楽しい居場所を開拓できる場所に変わっていたのです。

 

「いつまでもあると思うな親と金」を胸に長女は中学受験の道へ

奈央さんの長男は現在は中学2年生、長女は小学5年生になった今、ワンオペ育児も、やっとリズムがつかめてきたとのこと、夫は1年だけ帰国したあと、今度はアメリカへ赴任しました。

 

「でも正直、最近はそれくらいの距離感のほうがありがたいです。大事なときにいなかったことより、一番大事なときにはいたけれど『どこか他人事だった』そのことが、今でもちょっと切ないですね」

 

一方で、子どもたちにとって、父親の赴任先は「そとこもり」できる逃げ場にもなりました。

 

「長女は小学校受験をしませんでした。本人の『一番のお友達と同じとこ行く』という希望もありますし、私自身が力尽きていたことに加え、双方の両親も年を取りました。『いつまでもあると思うな親と金』と言いますが、本当にそう。小学校受験は、塾代だけでなくタクシー代や服や鞄などお金がかかりすぎました。それに今度は、義父の介護が始まり義母は難聴。こちらが親を支えるフェーズに入りました」

 

現在、長女は個別指導塾に通いながら、家から近い私立中学を目指しています。志望理由は、制服が気に入ったことと、プールがないこと。実学を重んじる女子校で、いわゆる難関校ではありません。

 

「息子の小学校受験で学んだことがあるとすれば、本気で伝統校を目指す小学校受験は、お金と体力が有り余って、胆力まで併せ持つママじゃないとなかなかハードだということ。私は、両家の援助があったものの、それでも『老後に』と貯めていた預金はかなり減りました」

 

小学校受験と介護施設の共通点は「使うお金は額面通りじゃない」こと?

奈央さんは、長女には偏差値の高さや伝統より「先生や生徒の雰囲気」で中学を選んで欲しいそう。

 

「小学校では何度か立ち止まった息子が、中学では自分の居場所を見つけました。あのとき迷ったB学院を選んでいたらどうなっていたのか。夫について中国へ行っていたらどうなっていたのか。それは今でも分かりません」

 

今は、義理の両親がサ高住に移住し、介護関連の手続きや書類仕事も担当しているという奈央さん。

 

「介護施設は、例えば『このサ高住に1年間に2人住むのにこのくらいの値段なのね』と思っても、介護タクシーでの移動や介護用品などで費用がどんどん増えていきます。そんなところは、ちょっと小学校受験に似ています。浪費している感覚はなく都度『これは必要だよね』が積み重なるのも共通です。介護と子育ての両立は大変ですが、ちょっと小学校受験で『なるようにしかならないから目の前のできることをする』という肝が座った大人になれたのではと思います。それも受験伴走の収穫かもしれません」

 

本作は取材に基づいたストーリーですが、プライバシーの観点から、個人が特定されないよう随時事実内容に脚色を加えています。

 

前編>>>「小学校受験する?それとも夫の中国赴任についていく? 」受験を選んだワーママを待っていた「想定外すぎる日々」【前編】

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