光浦靖子に見る「40代はオンナの終わり」ではないエール

オアシズ・光浦靖子のエッセイ「49歳になりまして」が2020年11月号「文藝春秋」に掲載され、話題を呼んでいます。

 

新型コロナウィルスの流行で実現しなかったそうですが、光浦サンは今年の4月からカナダに留学を考えていたそうです。

 

レギュラー番組を多数抱える人がずいぶん思い切った決断だと思いましたが、なぜ留学を決心したのか、その心のうちをつづっています。

 

読む人が心打たれる、その等身大の葛藤とは

仕事がゆっくりと減ってきたこと、顔が見えないことに乗じて、ネットで「消えた」と誹謗中傷されていたこと。テレビで第七世代が台頭して、古株の芸人が追い越されていること。独身ということもあって「わかりやすく、自分を必要としてくれる人」がいなくて「誰にも必要とされていない」と思ってしまうこと。ほとんどの同級生ができる、結婚や出産ができていないこと……。

 

オジサマ読者が多いであろう「スポーツ報知」は、「生きづらさをつづったエッセイ」とまとめていましたが、私は逆に光浦さんの知性というか、「ちゃんと生きてやろう」という静かなガッツを感じたのです。

 

目の前に起きていることを認め、わきあがる不安を否定せず、「英語から逃げた分岐点に戻って、もう一つの人生も回収したい」と意欲的に新たな経験を自分に与える。番組を休めるのも「この人がいないと困る」と仕事の力量を認められているから。実務能力とマネジメント能力が高いからこそ、こんなことができるのではないでしょうか。

 

タレントの「ヒットしたら付き人を増やす」セオリー

ところで、ネットでこんな意見を見ました。

 

不安不安言ってるけど、おカネあるじゃん。光浦サンが不安なら、私みたいにしがないOLなんてどうしたらいいのよ!

 

上記の書き込みをした人は、「不安になるのは、恵まれていない人」と思っているのだと思います。それでは、光浦さんは不安ではないのに、好感度を狙って不安である風を装ったのかというと、私はそうは思いません。

 

このお話は前にもしたと思いますが、安室奈美恵さんのかつての所属事務所の社長で、育ての親がこんな話をしていたことがあります。

 

女性のタレントが売れたときにまずすることは、付き人を増やすこと。なぜかというと、女性のタレントは売れるともちろん嬉しいけれど、「人気が落ちたらどうしよう」と不安になってしまう。

 

女性にとって、不安の反対である安定とは「結婚」で、それゆえにやっと人気が出てきたのに「結婚したい」と言い出すそうなのです。

 

そんなことを言い出さないように、付き人をふやして「いつでもあなたを見守ってるよ」と態度で示す必要があるのだそうです。社長の予感は当たり、安室さんも人気絶頂で結婚してしまいました。

 

「持っている人」のほうが不安は大きくなるのです

一方、男性のタレントは結婚なんて絶対に言い出さないそうです。付き人よりも、車や住むところをグレードアップして、目に見えるごほうびをあげると良いと言っていました。

 

光浦さんは「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系)で一時代を築いた女芸人のレジェンド的存在です。

 

今だったら確実に問題になりますが、加藤浩次にぶん投げられることも厭いませんでしたし、ブスいじりにも動じなかった。高学歴なこともプラスだったと思います。頂上に上りつめてしまうと、そこから見える景色はすべて”下”です。ゆえに降りるのが怖いのではないでしょうか。

 

こんな時に自分の話をして申し訳ありませんが、私はデビューして六年、仕事がゼロでした。このような経験をしますと、今も売れていないにも関わらず「すごい、私、仕事ある」と心から思えますし、仕事がゼロになっても前に戻るだけ。ダメなら友人が経営するラブホの受付か、万引きGメンをやろうと思っています。

 

結果を出せない人は、失うものがないわけですから、案外不安にならないものなのです。ですから、不安になるというのは「勝ち組の証拠」であり、一種の税金みたいなものです。超売れっ子のマツコ・デラックスがしょっちゅう不安を口にしているのも同様の理由だと思います。

 

「もしあの人と結婚していたら」選ばなかった人生を想像する盲点とは

光浦サンは「わかりやすく必要としてくれる人がいない」と書いていました。もし夫や子どものように自分が世話をしなければならない人がいたら、仕事が減っても不安にならないのにと思っているのではないでしょうか。

 

誰にでも「もし~だったら」と空想することはあるでしょう。たとえば、不安な夜に「もし〇〇君と結婚していたら、人生は違っていたかもしれない」と思うこともあるのではないでしょうか。しかし、こういう時の「〇〇君との結婚生活」とは「空想上の200点のもの」であることを忘れてはいけないと思います。

 

それは、光浦サンの場合も同じです。かつて、光浦サンは「めちゃイケ」でフランス人とデートをしていた話をしていました。

 

朝めざめたときに、フランス人は「よく眠れた?」と声をかけてくれることにグっと来たと話していましたが、そういう男性と結婚し、彼に「わかりやすく必要とされる」存在になったとしても、彼が「よく眠れた?」とずっと声をかけてくれる夫でいてくれるかはわかりません。

 

作った料理をうんともすんとも言わずに無言で食べ、起き抜けにおえっとえづき、トイレを汚し、こちらの具合が悪くてふせっているときに頓珍漢な食べ物を買ってくるかもしれません。

 

人生は実際にやってみないとわからないことだらけですから、不安な時に「もし~なら」と空想しても意味がない上に、自分を傷つけることにしかならないのではないでしょうか。

 

新型コロナが落ち着いたら、光浦さんにはぜひ留学にお出かけになってほしいと思います。光浦さんは同級生のみんなができること、結婚や出産ができないと書いていましたが、外国人男性と恋愛したらどうでしょうか。お子さんのいる人と結婚すれば、お母さんにもなれます。お顔立ち的にも、外国の人に好かれそうです。

 

日本の女性はもうちょっと、自分のために生きていい

日本の女性は概して「自分の好きなことをする」「自分の好きなようにする」というのが苦手な気がします。同調圧力の強い空気下で育てられた結果かもしれませんが、根っこにあるのは「オンナは夫や子どもなど誰かのために生きて一人前」という刷り込みかもしれません。これは一歩間違うと「自分の好きなことをするのは、ダメな女」と女性を家族依存症に追い込むメッセージになりえます。

 

不安というのは一種の防衛反応ですから、人間を守るために不可欠なものです。しかし、あまりに頻繁に不安に陥るとしたら、それは自分の思い込みを整理し、新しいアクションを起こすチャンスなのかもしれません。

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