【連載小説】あなたのはじめては、わたしのひさしぶり(2)

2017.05.16 LOVE

(この小説の一気読みはこちら)

 

そういうの、いらない

 

経理から移動してきた高坂くんは、意外なほどきっぱりした声で、歓迎会を断った。

「あ、僕、歓迎会とか、そういうの、いらないんで」

 

そんなことを言う人は、初めて見た。

新しい部署で早く仲良くなるためには、みんなで飲むのが一番だと思うのに。

 

「困るわ、それは」

幹事の沙奈が顔をしかめる。

「今日の飲み会は、久しぶりのフロア全体の飲み会なので、みんな、楽しみにしてるの。お正月からずっと集まってないのよ。主役のあなたがいなかったら、歓迎会が開けないから、みんな残念がるわ」

 

沙奈は淡々と説明している。

怒っているのだ。怒っている時の彼女は、ロボットのように感情を見せなくなる。

歓迎会なのに、肝心の主役がいないまま飲むわけにもいかない。

沙奈がイライラするのは当たり前だ。

 

「わかりました」

高坂くんは、渋々という感じで頷いた。

「僕は無口で、あまり話さないですけど、それでもいいなら、出ます」

彼もなんだか少しムッとしているようだった。

 

 

ひとりうつむいて

 

歓迎会の最中、私は、高坂くんの顔をチラチラと見ていた。

(なんか、変わった人が、入ってきたなあ)

居酒屋の一番大きな個室に集まった数十人の隅で、たったひとり、うつむいてスマホをいじり続ける硬い表情の宮坂くんがいた。

 

彼がみんなの前で発した言葉は「よろしくお願いします」だけで、乾杯が終わった後は、うつむいて、隅のほうでスマホをいじったままだ。

 

部長が、気を使って、高坂くんに質問する。

「それで高坂くんはどうなの? 彼女とかはいるの?」

高坂くんは、じっと部長を見つめたまま、はっきりと言った。

「彼女なんて、いませんよ」

「なんで別れちゃったの」

「なんでって……」

彼は一瞬言葉に詰まる。

「別れたこともないんです。恋人がいたことなんて、ないんで」

 

彼の発言に、みんなは湧いた。

「何? 彼女いたことないの?」

「ってことは、清いカラダ!?」

「28歳って言ってたよね?」

「経験ないの?」

「キスくらいした?」

 

口々に質問を浴びせられた高坂くんは、すっ、と立ち上がり、

「ちょっとトイレ行ってきます」

と、出て行ってしまった。

 

思わず私は、後を追った。

 

 

ひとりでも平気

 

高坂くんは、トイレにつながる長い廊下の途中で、立ち止まってスマートフォンをいじっていた。

 

後ろから近づいて、ひょろりとした彼の背中をポン、と叩く。

「スマホ、好きなのね」

振り向いた彼は、驚いたのか、それをぽろっと、取り落とした。

「あ、ごめんね」

拾った私に、彼のスマートフォンの待ち受け画像が、目に入ってきた。

 

「……ヤバイよ、あの子」

席に戻った私に、沙奈が耳打ちしてきた。

「何がヤバイの?」

「あの子が前にいた経理の子に聞いたの。付き合い悪くて、全然イベントや飲み会にもでてこないんだって」

「へえ……」

 

高坂くんは、また、隅のほうでスマホをいじっている。

先ほどの衝撃発言のことは、あまり突っ込まれたくないのだろう、とみんなもなんとなく感じたらしく、彼は、ほったらかされている。

 

最近の若い人は付き合いが悪い、と、どこかの記事で読んだことがある。お金もあまりないし、ひとりぼっちも平気だから、飲み会に参加したがらない、と。

彼もそういうタイプなのだろうか。

 

「困っちゃうよね、協調性ないのって」

沙奈がため息をついた。

「自分のことばかりで、周りに思いやりがないような人だと、やりづらいな」

「悪い人じゃないと、思うけど……」

 

さっき拾った時に見た、彼のスマートフォンの待ち受け画像を思い出す。

彼は本当は、いい人なんじゃないかという気がしてならなかった。

可愛いプードルがこちらを親しげに見つめている画像だったから……。

 

(この小説の一気読みはこちら)

スポンサーリンク