「お食事のあとにどこへ行くのか」もちろん知っていたでしょう?【不倫の精算#45】

2022.04.05 LOVE

前編「彼女はごくごく普通の主婦だった。ある日その不倫に走るまでは」の続きです。

後ろ指をさされる関係とわかっていても、やめられない不毛なつながり。

不倫を選ぶ女性たちの背景には何があるのか、またこれからどうするのか、垣間見えた胸の内をご紹介します。

 

お食事のあとに「当然何かがある」そう彼女は予期していた

「どうしても忘れられなくて」

 

テーブルに肘をつき、額に手を当ててBさんは下を向いた。

 

「何が」

 

尋ねると、そのままの姿勢で

 

「……独身の頃に付き合っていた人が」

 

と、低い声が返ってきた。

 

「え、元彼!?」

 

新しい登場人物に驚いて声を上げると、しばらく無言だったBさんはそろりと顔を上に向け、

 

「そう、元彼に似ているの、その人」

 

と、揺れる声で言った。

 

あやふやに揺れる瞳にはいまだ光が見えて、Bさんが何に興奮しているのかがわかった。

 

「ああ、元彼に似ているから、昔を思い出したってこと?」

 

「……」

 

その言葉に、今度は首をかしげてBさんが言った。

 

「昔を思い出したというか、何だろう、こう、男の人に求められる自分がね……。

不倫でもそういう対象になるんだって教えてもらったようで」

 

何度か食事に行くうちに、独身男性から「好きだ」と言われたBさんは、「ああやっぱり」と思ったそうだ。

 

その「やっぱり」は好かれているという実感ではなく、「食事の先を求めているサイン」を相手が出してくるだろう予想が当たったことに対してで、最初から男性が体目当てであったことを正面から受け入れていた。

 

関係は不倫であっても、「そういう対象」になる自分を目の当たりにして、流されてしまったのだろうか。

 

夫と長い間レスであることは以前聞いており、それもBさんの欲を加速させたのか、とちらりと思った。

 

「そんなものでしょ」

 

先ほどと同じ、投げやりな響きの言葉が続いて、Bさんが唇を歪めるのが見えた。

 

「結婚している女に声をかける男なんて」

 

元彼を「忘れられない」。ねえ、忘れられないのは自分のことではなく?

「……」

 

Bさんは「どうしても忘れられなくて」と言ったが、その対象は何なのか、ふと頭をよぎった。

 

「元彼が忘れられないとかじゃなくて、それはたまたまで、男に求められる自分を思い出したってことか」

 

そう言うと、Bさんは黙って頷いた。

 

よくあることだ。

Bさんが言うように、「旦那に相手にされなくなった主婦が不倫に走る」など、マンガでもテーマになるほどありふれている。

ただ、Bさんの場合は独身男性を好きになって夫との板挟みに苦しむのではなく、不倫相手を最初から「そんなもの」と見下していた。

 

偶然その人が元彼に似ていて、昔の自分を思い出して興奮はしたが、しょせんは自分と寝たいだけ、

 

「本当に恋愛感情があるのなら、その前に離婚してとか、そんな話が出るでしょ」

 

と、片方だけ口角を上げてBさんは言った。

 

「うん。

その通り」

 

すぐに頷くと、

 

「だからね、ホテルに行くのも抵抗なかったのよ。

体目当てになる自分を教えてもらったから、まあいいかって感じで」

 

にこりと笑う様子は、普段の「普通の主婦」を強調する彼女から遠かった。

 

結婚する前、当たり前のように彼氏から肉体を求められる自分の記憶を、独身男性の登場によって刺激されたBさんは、応えることでみずからの欲を満たしていた。

 

忘れられないのは、人ではなく自分。

 

「普通の主婦」なのだとしつこく確認していた彼女を思い出せば、夫以外の男性とホテルに行くなんて到底考えられないが、それができてしまうのは、その言葉によって抑圧されていた闇が顔を出すようだった。

 

「不倫の重さ」?長い長い間ひとりでいた私の孤独よりも重いの?

「……」

 

結局、Bさんが伝えたかったのは不倫している自分であり、今の状態を尋ねると独身男性とは「私の気が向いたときに連絡してホテルに行く」関係が続いており、一方で夫や子どもたちとの生活も以前と変わらず順調で、

 

「特に困ってはいないんだよね?」

 

という質問に笑顔で頷けるほど、Bさんの心は安定しているように見えた。

 

目論見通りに既婚女性との不倫関係を手に入れた男性と、それに乗っかってただ情事を楽しむだけの既婚女性と、満たされている部分は違えど波風の立たないつながりではあった。

 

「でも、不倫はねえ、おすすめしないよ」

 

飲み終わったカップの底を眺めながらそう言うと、

 

「あなたはそう言うでしょうね、いろいろ見てきているのだから。

でも、私は満足しているのよ」

 

全部を話し終えて、Bさんは穏やかな表情を浮かべていた。

 

自分を求める男を下に見ながらの関係なんて、いずれ虚しくなるだろう。

 

そう思ったが口にせず、

 

「教えてもらった、ってさっき言っていたけど、旦那とのレスはきついよね、寂しいし」

 

と、欲の部分について触れた。

 

Bさんはしばらく黙っていたが、

 

「まあ、それも、どこもそんなものでしょうね。

ママ友とかに聞いても似たような感じでさ、いまだにラブラブな夫婦なんて、滅多に見ないわよ」

 

と肩をすくめて答えた。

 

「あなたの本音の話だよ」

 

止められなかった言葉は、Bさんが「答え」を避けたからだった。

あなたは、求められる自分に満足しているが、どうして不倫なんてリスクの高い関係を選んでいるのか、理解していない。

 

「……本音って」

 

怯えたようにまばたきをして、Bさんがこちらを見た。

 

「不倫は重いよ」

 

「……」

 

夫との間に横たわる距離感と、満たされない自分。

「普通の主婦」だと言い聞かせないといけないほどの渇望を知るとき、彼女と不倫相手がどうなるのか、少し気になった。

 

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この記事の前編>>>彼女はごくごく普通の主婦だった。ある日その不倫に走るまでは【不倫の精算#45】前編

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