ただ、せつなくなり、そわそわする。40代独女の久しぶりの恋【年下小説・あなわた#5】
【小説・あなたのはじめては、わたしのひさしぶり vol.5】
長い間ひとりで過ごしていた私の部署に、年下の男性が配属されてきた。歓迎会に誘っても「そういうの迷惑なんですよね」と言い放つ、協調性のない若い男の子。
彼はダメなの?
胸の一番奥のところが、締めつけられる。
でも、全然苦しくはない。
ただ、せつなくなり、そわそわする。
こんな感じは、久しぶりだった。
「気になってるみたいだね」
デスクに戻った私に沙羅が近づいてきて、背中をつつく。
「あいつ、面白い?」
「面白いっていうか、お互いに犬を飼ってるから、話が楽しくて」
「すごいよね、前いた部署でもほとんど話さなかったらしいのに、犬の話なら、心開くんだ」
高坂くんは、ミーティングで会議室にいるから、私たちの会話は聞こえない。
「でも、前にいたとこでもろくに話しなかったみたいだし、なんか機嫌にアップダウンありそうだよね。気をつけたほうがいいよ」
「気をつけるって?」
「あんまり関わると、ビシッと傷つくようなこと言われそう」
「そう、かな?」
彼は、仕事はちゃんとしているみたいだった。
誰かに仕事のことで怒られているのを見たこともない。
会社はサークルじゃないんだし、必要以上に仲良くしたくないという人がいても、いいんじゃないだろうか。
かなしい記憶
うちの会社は若い社員が多いので、みんなで飲みに行くことも多い。でも全員がそのノリに従わなくてもいいと思う。
私も、うちの会社の友達ノリは、あまり好きではなかった。
一度、その雰囲気に浸り、同期の男性と付き合って、そして、フラれたことがあるから。
もう絶対社内恋愛しない。
あの悲しい経験から、そう固く心に決めている。
あの瞬間は、不意にやってきた。
急に、彼にLINE返信するのが面倒になった。
会社で毎日顔を合わせているのに、週末も会うのがおっくうになった。
ただのマンネリだと自分に言い聞かせようとしたけれど、無理だった。
あの人ともう話すことなんて、何もない。
そう思ったら、会社で顔を合わせるのも気が重かった。
結局、自然消滅みたいなものだった。
距離を置きたいと言う私を、彼も止めたりはしなかった。
だから特にこじれずに別れられ、今でもその元彼と社内ですれ違ったら、時には会話もする。
社内恋愛は、相手と別れても遭遇してしまうから、今でも気分は複雑なままだ。
もっと話したい
それなのに、また、同じ職場の人に、惹かれはじめている。
もっと話してみたいなと、高坂くんのことを考えはじめている。
沙羅に「なんでアイツ?」と言われたように、私もどうしてなんだろう、と考えてしまう。もっとみんなから好かれている人のことを、気にすればいいのに。
そんなことを考えていたら、高坂くんがミーティングを終えた。席に戻ってきた彼と、目がカチリと合う。
あっ、と思った瞬間、彼が近づいてきた。
「そういえば、犬の名前、なんていうんですか」
「ミミだけど……」
「へえ、うちのはサユリって言うんですよ。なんか人間みたいですよね」
「ねえ……高坂くん、私の名前は知ってる?」
「あっ」
彼はしまった、というような顔をしている。
「苗字くらいは言える?」
「……すみません」
私は笑ってしまった。
彼はどうやら、私じゃなくて、私の実家の犬が、気になっているようだった。
スポンサーリンク