10歳下の彼と、どうにかなりたいなんて。40代独女【年下小説・あなわた#6】
【小説・あなたのはじめては、わたしのひさしぶり vol.6】
長い間ひとりで過ごしていた私の部署に、年下の男性が配属されてきた。歓迎会に誘っても「そういうの迷惑なんですよね」と言い放つ、協調性のない若い男の子。
朝の楽しみ
高坂くんが同じ駅に住んでいて、同じ時間帯に同じ路線で通勤している。
それを知ってから、私はいつもより少し早起きになった。
いつ彼の目に入るかもしれないから、ちゃんとお化粧もしておきたいし、おしゃれもしていたい。だって電車は、混んでくるとびっくりするほど近づいてしまうことがあるから。
でもこんな私のソワソワとは違い、高坂くんは会うたびに眠そうだった。
寝グセがついたまま慌てて乗り込んでくることもあり、可愛いと思った。
こんな気持ち、久しぶりだった。
誰かと遭遇する楽しみは、こんなにも毎日に張りが出るものだった。
長いこと、忘れていた楽しみだった。
彼と、どうにかなりたいなんて、そんな大それたことは、思ってはいない。
10歳以上も年が違うし、彼はきっと、若い女の子のほうがいいに決まっている。
朝の窮屈な電車の中で、これに彼も乗っているのかもしれないと思うだけで、気分が和む。
今の私には、それで十分だった。
会いたい
高坂くんには3日に1度は遭遇した。
大抵、彼が私の後から駆け込んでくる。
今日も、そうだった。
彼の後ろからもさらにギリギリで入ってきた人がいて、車内は一気にすし詰め状態になり、ドア近くにいた私のバッグに、彼の体が押し付けられた。
高坂くんは、ドアが閉まったところで私に気づいた。
私たちの目が、合ったからだ。
「あ、おはようございます」
駅前からダッシュしたのか、彼の息づかいは、まだ荒い。
「おはよう」
思わず、笑顔になってしまう。
「寝坊したの?」
シャツのボタンが一つ外れているし、ネクタイが曲がっている。
「そうなんですよ。起きて5分で家出てきました」
話すたびに、彼と交わす言葉が、だんだん増えていく。
最初はぶっきらぼうで、一言喋ったらすぐ黙ってしまうような彼だったのに。
彼は、ただ、照れ屋なだけで、打ち解けたらこんなにも可愛らしい。
「……会いたいな」
ふと、彼は電車の中吊りを見上げてそう言った。
そこには女性タレントが微笑んでいた。
彼女と知り合いなんだろうか。それともファンだから会いたいということ?
急に私の胸がざわつく。
週末の約束
彼女はいないと言っていた彼だけれど、好きな女性は、いるのかもしれない。
その人がたとえタレントであっても、もしかしたら彼には真剣なのかもしれないし。
そんなことをモヤモヤと考えていると、高坂くんが続けてこう言った。
「時々会いたくなりますよね、実家の犬に」
「……いぬ!?」
よく見ると、女性タレントは可愛いプードルを抱っこしている。ペット情報雑誌の広告だったのだ。高坂くんはそれを見て、実家の犬に会いたくなったらしい。
「でも、実家は遠いんで、なかなかすぐには会いに行けないですね」
「そうね」
私は頷いた。お互いに飛行機に乗らないと帰れないような、交通費がかかる場所に実家があるのだ。
「へえ、犬カフェできたんだって」
彼が広告を見上げた。特集記事のひとつに、オープンしたての犬カフェ訪問記があるらしい。何匹もの犬に囲まれ、幸せそうに笑っているレポーターさんの画像もある。
「そこなら犬と触れ合えるかも」
「いいですね!」
高坂くんも目を輝かせ、そして、あまりにも自然に、
「週末、一緒に行ってみませんか?」
と言ってきた。
スポンサーリンク