社内恋愛の年下カレが「してみたかったこと」小説・あなわた♯20
おひとりさま40代の私の部署に、年下の男性が配属されてきた。 歓迎会に誘っても「そういうの迷惑なんですよね」と言い放つ、協調性のない若い男の子、高坂くん。 ところが、ひょんなことからお互い「犬が好き」なことに気づく。 女性と2人で出かけたことすらなかったピュアな高坂くんと、私の関係は、少しずつ変化し……。
【あなたのはじめてはわたしのひさしぶり♯20】
はじめての帰り道
高坂くんは、彼女ができたら、一緒に帰りたかったんだという。
中学も高校も男子校だったので、女の子と下校している共学校の生徒が、羨ましくてならなかったのだそうだ。
「今さら、会社員になって、一緒に帰りたいなんて、子どもっぽくて変ですよね。でも一度も女性と一緒に帰ったことがなかったんです」
高坂くんは少しすまなそうな顔で続けた。
「だから、お試しの彼女になってもらえて、これで願いがかなうんだと思うと嬉しくて、みんなの前で「一緒に帰ろう」なんて言っちゃいました。すみません」
恋人を作ったことがない高坂くんにとって、一瞬一瞬がきっと、刺激的で、感慨深いものなのかもしれない。
私だって、こうして男の人と仕事以外の用事で一緒に待ち合わせて帰るなんて、本当に久しぶりのことで、どのくらい距離を開けたらいいのかも、よくわからなくて、どぎまぎしている。
すこしずつ。
こうして少しずつ、恋愛は始まっていくのだ。
やっと、実感が出てきた。
こんなことも、私は忘れていた。
もしかしたら今後、私の部屋に彼が遊びに来たり、その逆もあるかもしれない。
少しずつ仲が深まっていき、お互いの絆も深くなっていく。
当たり前のことなのに、いざ幸せを目の前にすると、戸惑ってしまう。
若くて、恋愛経験もない高坂くん。
これから先も、私は、彼に、あれこれ説明したり、たしなめたりする場面もあるのだろう。そして彼は、ときにはムッとして、たまには私たちはケンカもするのだろう。
「あのね」
私は思い切って切り出した。
「会社では秘密にしたいって言ったでしょ? それは他の人の気持ちを考えていたわけじゃないの」
本当のことを言いたい気持ちになっていた。
「私ね、本当は、この恋愛がすぐにダメになってしまうんじゃないか、と思っていたの。別れたりしたら、みんなに色々聞かれる。それが怖かったの」
「そうだったんですね」
高坂くんはニコッと笑った。
「じゃあ別れなければいいですよ。そしたら誰もそんなこと聞いてこないですよ」
願いかなえて
私たちが住む駅に降り立ち、駅のロータリーを抜けて分かれ道が出るまで、高坂くんと一緒に歩く。
「高坂くんが言っていた、してみたかったことって、一緒に帰るってこと?」
私が聞くと、彼は笑って私の手を握った。
「それもそうでですけど、一度、女の人と、手をつないで歩いてみたかったんです」
不意打ちに、私のほほが、熱くなる。
彼の手は私よりも体温が低い。
でも少しだけ汗ばんでいる。
もしかしたらいつ切り出そうかとドキドキしていたのかもしれない。
「なんだか、こうしてると、安心しますね」
「……」
恥ずかしくて言葉が出てこない。
一緒に帰りたいなんて言う彼のことを中学生みたいと思ったけれど、年下の男の人と手をつないで顔を赤らめている私も、中学生みたいだ。
高坂くんは私にも、かなえてみたいことはないか、と聞いてくる。
年齢を重ねると、不思議なことに望みはどんどん少なくなっていく。
ただ、今この時を一緒にいてもらえれば、それでもう十分だった。
「何かないんですか? してみたいこと」
そう聞かれて、考えた末に私はこう伝えていた。
「週末、また一緒にドッグカフェに行きたいな」
(終わり)
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