「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」姉妹で乳がん罹患「女性として見た目が変わることが恐怖だった」【乳がん体験談】(前編)
2015年自身にも乳がん判明、娘と母、姉にも言わず…
野中さん自身も遺伝性乳がん卵巣がん症候群だとわかり、1年後の予定だった乳がん検診を半年前倒しに。 そして2015年3月乳がんが判明しました。遺伝性乳がん卵巣がん症候群とわかってから約半年後のことです。
「乳がんとわかるまで半年あったので、そのあいだにとにかく必死に情報収集していました。だから素直な感想は”来たか”でした。怖い、残念より”やっぱり”という気持ちでした。青天のへきれきではなく、少し覚悟がありました。」
野中さんには娘さんがいます。入院のあいだ娘さんの面倒を見てもらうため、お母さんに愛媛から上京してもらっていたそう。
「娘は当時中2でしたが、がんということは言っていません。手術が決まったときも言えませんでした。私自身、体調も元気だし、しこりもないし、娘にがんと気付かれることもありませんでした。娘が10歳のとき離婚していたので2人暮らしでしたが、”2週間入院するからよろしく”という感じ。
離婚していなければ娘には伝えたかもしれません。13歳の多感な時期ですし、1人しかいない親ががんになったという事実は重すぎると思いました。
私もがん患者の家族側の立場を経験して、そのつらさを知っていたため、なおさら不安にさせたくないと思いました」
入院中、母に来てもらいましたが、実は母にもがんと言っていません。違う病名を言って、手術入院のときは上京してもらいました。姉妹で遺伝性乳がん卵巣がん症候群で、母方か父方、どちらの遺伝かわからなかったので。伝えることで自分を責めてしまうかもしれないと思って伝えませんでした。姉にも当時は言わず、手術から2年後に伝えました」
▶▶続きのお話▶▶「がん患者の家族」という立場を経験していたからこそ、自身ががんであることを家族に伝えなかった野中さんが、乳がんのことを伝えた相手とは? がん治療によって髪が抜け、ウィッグを使用。人毛100%ウィッグ開発にいたるまでのお話はこちら
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