紫式部、藤原道長、清少納言の晩年とは?高く評価された女房も内裏を離れれば“一人の民”扱いで記録もされない時代だった
藤原道長の晩年

道長(柄本佑) 大河ドラマ「光る君へ」 48話(12月15日放送)より(C)NHK
権勢は天皇をも凌いだといわれ、満月のように欠けたところはなく、自分が思い描いたとおりの人生を運を味方につけて歩んだという印象を受ける道長。しかし、晩年は健康状態が好ましくなく、思い煩うことが多かったと察せる日々でした。
道長は飲水病(糖尿病)を患い、背中の腫れ物の痛み、失明、喉の渇きなどに苦しめられていました。彼が痛さのあまり声をあげていたという話もあります。
当時は現代と比べて栄養状態もよくなく、ほとんどの人は糖分を過剰に摂取できるほどの余裕はありませんでした。しかし、道長をはじめとする上流貴族は過分な栄養を摂れるほど富んでいたのです。道長は糖分が多く、度数が低い酒を頻繁に飲み、菓子類も食べていたため、糖尿病を患ったと考えられています。なお、道長自身は自らの不調を怨霊のたたりだと考えていたそうです。
道長は60代まで生きており、当時としては長寿。我が子に先立たれるというつらい経験もしています。
1027年、道長は屋敷の隣に建設した法成寺の阿弥陀堂の中でこの世を去りました。当時の例にならって鳥辺野に葬送され、遺骨は木幡に埋葬されました。
清少納言の晩年は 次ページ
この記事は
アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
スポンサーリンク
【注目の記事】
- 白髪ケアって「年齢に合わせて見直し」が必要なの!? いつのまにかアイテムも進化してた…!上手な取り入れ方は?【毛髪診断士・伊熊奈美さんが解説】
- 「離婚したくても、1円も取れない!?」出会い系アプリで遊び放題の夫。児童手当や学資保険…総額500万円を使いこみ、借金まみれの夫
- ライター、編集部員がカブり買い!パールアクセでおしゃれしながら「胸鎖乳突筋ケア」が!?40代編集部員が手放せなくなった「肩コリネックレス」ができるまで
- 出産して10年、ネックレスをしなかった48歳ライターが「つけっぱなし」。肩コリケアもできる「映える」磁気アクセ、開発者泣かせだった制作現場の執念とは
- 黒トップス×淡いデニム。定番コーデをオシャレ感を出しているのはアシンメトリーな襟元【40代の毎日コーデ】
スポンサーリンク
スポンサーリンク















