紫式部、藤原道長、清少納言の晩年とは?高く評価された女房も内裏を離れれば“一人の民”扱いで記録もされない時代だった
清少納言の晩年

ききょう/清少納言(ファーストサマーウイカ) 大河ドラマ「光る君へ」 48話(12月15日放送)より(C)NHK
清少納言は定子に仕え、伊周など上流貴族たちからも慕われていました。また、社交的で、賢く、漢文にも長けていたため、定子サロンでは中心的な存在でした。
しかし、清少納言の華やかな内裏での日々は永遠には続きません。定子が亡くなってからは内裏に居場所を失い、宮を離れます。現代であれば、お仕えしている主人が亡くなれば、別の人に仕えることになりますが、当時は主人が亡くなれば、そこに居場所がなくなることがほとんどでした。
清少納言が内裏を離れたあとについては、摂津国の長官・藤原棟世と再婚した、父・元輔が昔住んでいた家のそばに住んだなどといわれています。
和泉式部とは交流が内裏を離れてからも続いていたそうです。清少納言が和泉式部に海苔を贈ったこともあったそう。お互いの老化を詠み合うなど知的な交流をしていたともいわれています。
晩年、清少納言が尼姿になったという説は有力であるものの確かな証拠はありません。また、落ちぶれて漂泊したという話もありますが、事実とはみなしにくいでしょう。
民より恵まれた立場にあった道長も… 次ページ
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アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
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